き透き徹る歓びの玉のようになって、今にも現れる良人を待っていた。小さい家は、すっかり開け放され、到る所の隅々に踊る日光が迎え入れられた。彼女は、久し振りに自分の手で触られ、忽ち活々した弾力と愛らしさとを恢復したように見える部屋部屋に、それぞれ綺麗な花を飾りつけた。庭を掃き、水を撒き。小さい虹を抱いて転げ落ちる檜葉の露を見つめながら、ゆき子は、いつか、激しい緊張の合間合間に来る、奇妙な放心に捕えられていた。――
ところへ、思いもかけず格子の開く音がした。ゆき子は、今まで自分が待っていたのを忘れたように、はっとした。身の竦まる思いがした。と、同時に素早く体を翻して、足音も立てずに玄関まで駆けつけた。彼女は、胸をどきどきさせ、笑い、口を開き、今にもそこが開いたら、跳びかかろうとする小猫のように、障子の際に蹲ったのである。
たたきの上で、向を換える音がする。――狭い式台の上に、何かおいた気勢がする。――ゆき子は、心臓が飛び出しそうな気持がした。そして、一層体を引緊めた途端。前の障子は、いかにも曲のない、
「只今」
と云う声と一緒にさらりと引開けられた。息を窒め、覚えず膝をついて立上ったゆき子は、良人の眼を一目見ると、あらゆる歓びのくず折れる思いがした。
真木は、彼女の方にちらりと物懶《ものう》い一瞥を投げたぎり、差し延した両手に注意する気振りもない。日にやけ、汗じみ、面倒くさそうに帽子をかなぐり脱ぐと、彼は、
「ああ、あ。――只今」
と、どっかり式台に背を向けてしまったのである。
「――」瞬間、激しく胸にこみ上げて来た悲しさを堪えると、やがてゆき子は、涙と一緒に大声で自分を嘲笑したいような気分になった。
「昨夜から、あんなにも待ち、あんなにも思い焦れていたのは、こんなものだったのか?」
薔薇色の愛らしい世界は、しおらしく有頂天だった彼女を包んで、嘘より淡く消えてしまった。
苦々しい失望と詰らなさとが、これほどの感動を認めるだけの情緒すら持ち合わせないらしい真木に対して、激しい勢で湧上って来たのである。――が、ゆき子は辛うじて自制した。
長い旅行をし、汽車が混んで或いは昨夜一睡もしなかったかも知れない彼に、第一そんな気分を持てると思ったのが間違いであったのだ。――
彼女は、やっと静かな声で、
「お帰り遊ばせ、どうだって?」
と云った。先刻までの気持に比べれば、何
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