こと?」
寿賀子は、全く、この言葉に打れたように見えた。
「真木さんのことになると、お前は気違いだよ。どうせ……どうせ」急に声が力なくふるえた。「自分で好きこのんで結婚なんかして、それっきり仕事も出来ないような女なら……どうせ、それだけに生れついているんだから……」
唇の色が変り、涙が流れ出すのを見ると、ゆき子は、堪らない気持になった。
「おかあさま!」
「いいよ、いいよ、放っておいておくれ」
寿賀子は娘の手をよけて横を向きながら袂を顔にあてた。
「どうせ……私が親馬鹿で……わたしが、ばかだったんだろうよ!」
激しい歔欷に見かねてゆき子は母の肩を抱いた。
「ね、おかあさま、聞いて頂戴。おかあさまはね、私が、一生懸命に仕事をする気にもならないで、のんべんだらりと真木にこびり付いているとお思いになるから、そんな風にお思いになるのよ。私だって決して平気じゃあなくってよ。どうにかしてやりたいと思っているんじゃないの」
ゆき子は、涙がせき上るのを感じた。
「私だって、仕事も出来ずに生きていようとは思わなくってよ。ね。おかあさま、信じて頂戴よ。何か遣れる人間だということを信じて頂戴よ。ね、おかあさまに、絶望されるのは、一番堪らないわ、全く……」
自分も涙に濡れながら、ゆき子は、そっと湿った後れ毛を母の頬から掻きのけた。
三
××大学から、真木宛の「速達」が廻送されて来たのは、丁度それから間もない午後のことであった。
亢奮の後の疲労と深い憂愁とで、ゆき子は、ぼんやり畳廊下の柱に凭《もた》れながら、考えに沈んでいた。
彼方では小さい妹が、首を振り振り力を入れてオルガンを踏みながら、あどけない歌を唱っている。素絹《すずし》のような少女の声と、楽器の単音が、傾いた金緑色の外景とともに、微かな寂寥を漂わせる。
彼女は、今更のように、複雑な人間の愛を思っていた。
そこへ、女中が来た。そして思いがけない「速達」が手渡しされたのであった。
葉書は、始め彼等の家の方へ配達されたのを、隣家の好意で、また×町まで廻されたのだそうだ。何か、新入学生資格詮衡のことに就て、委員である真木が、明朝十時から、是非とも出席を要する会議の通知なのである。
ゆき子は、その場合、特別な懐しさを感じながら、手にとって、表記の真木潤一という宛名をながめた。それから、また改めて
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