は」寿賀子も、真直に娘の眼を見た。
「自分でだけいいと信じて、実際は間違った方へ行きながら、一向人の云うことなんか耳にもかけないような者があるからね、恐ろしい」
ゆき子も母の諷刺には感付かずにいられなかった。それと分りながら遠廻しな話を続けるのは一層心苦しい。先刻からの気分の続きで彼女は母との間の見えない薄膜を一突に突破るような激しい気持になった。
「おかあさま、はっきり話そうじゃあないの。――おかあさまは、私が真木と結婚してから、すっかり悪くなったとお思いになるんでしょう?」
「ああ、変ったね」寿賀子は、その激しさを、きっかりと受止めて、殆ど憾みのこもった眼でゆき子を見た。
「第一、考えて御覧な。結婚してから仕事の出来ないことだけを見たって、いいとは云われないじゃあないか」
「こんなことは決して何時までも続くもんじゃなくってよ」ゆき子は、これだけはどんなことがあっても確かだ、と云うように断言した。
「きっと通りすぎることよ。今までの生活とはまるで境遇が異ってしまったんですものね。そうお思いにならなくって? おかあさまだって、結婚なすったばかりの時を考えて御覧遊ばせよ。きっとそうだったに違いないと思うわ」
彼女の声の調子には、しんから優しい一種の響がこもっていた。が、寿賀子は、まるで侮辱されたように、激越した言葉でそれを否定した。
「私の結婚したてなんか、泣いてばっかりいましたよ。――それにしても、何故お前は、何だというとそう一々弁解したり、説明したりしようとするんだろう! 私ばかり云い伏せようとしたって駄目だよ。現在、仕事は出来そうにないじゃあないか。種々人に訊かれたり厭味を並べられたりしても、凝っと堪えて、いつか出来るかと思って待っているのに――」母は、ふるえて来る声をぐっと堪えた。「境遇だ、境遇のせいだ、と云っているけれど、一体それは、何時どうなるの? 放って置いて、ひとりでにどうにかなるのかえ? お前は境遇境遇と何か一つの動物見たいに云うけれども、境遇といったって、詰り対手じゃあないか? 相手の人格じゃないか」
「――だけれどもね、おかあさま」
ゆき子は、思わず熱心を面にあらわした。
「私の仕事の出来ないのを、若し、真木の故だとばかり思っていらしったら、大変な間違いよ。勿論、若し、あの人が私の仕事なんかどうでもいい、止めてしまえと思っているんなら、悪い
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