たちは、散文・短歌何によらず、その道での常套で完成したのでは意味がないと思います。まして『檜の影』の同人でいられる方々の御生活、生きゆく思いの痛切なことは、言葉をつくせず、それだからこそ、存在のあかしとして作歌されつつあると信じます。それは格調の緊密なアララギにひかれるのもよくわかります。しかし緊密であるというのは、歌のこころ、歌の世界がひし[#「ひし」に傍点]とうち出されてのことであって、格調を整える語彙《ヴォキャビュラリー》というもの、用語法というもの、ましては型であってはつまりません。
短歌は日本の民族がもって来た文学のジャンルですから、それを破壊するより、そこに新しい真実と実感がもられるように、歌壇の下らない宗匠気風にしみないみなさまの御努力が希われます。
登龍のむずかしいアララギ派に云々とかかれている方のお言葉を拝見して、感想をおさえ得ませんでした。ここに古風なギルドがあります。枠にはまった流派の完成[#「流派の完成」に傍点]に近づこうとつい努力する危険があります。『檜の影』のどのお一人が、どんな流派に属する人生苦[#「流派に属する人生苦」に傍点]をもっておられるというの
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