一の理解者であるべきお恵さんを説服し得ないということは、二人の性格を知り抜いている者には、一層不思議なことなのであった。
 お稚児に結って、小学校に通っていた頃から、お恵さんは痩ぎすな、淋しい静かな子であった。けれどもお幾の方はまるでそれとは反対で、何時でも自分の仲よしを、或る程度まで思いのままに操縦する活気を持って生れていた。いいにも悪いにも、自分を立てて来られたのが、このこと許りは思うように行かないので勝気なお幾はきっと残念なのだろうと、傍の者は思っていたのである。
 お幾にしても、そういう気分がないことはなかった。生れた時から不幸を背負わされて出て来たようなお恵さんを、彼女が物質的にも精神的にも補助して来た友情は、決して並大抵のものではない。それと同時に、自分の深い友情に対して、長い時が経ると共に湧いて来た一種の矜持ともいうべきものが、皆の言葉で何となく権威を失うような心持もされるのである。然し、「お恵さんを云々」という一句で彼女がそれほど悄然とする理由は、決してこれ許りではなかった。それに就ては、さすがのお幾も冷汗を掻かずにはいられないような思い出が、誰にも語られずに、でっぷり重そうな胸の中に蔵されていたのである。

 もうそれは足掛三年ほど前のことである。
 八月も末近い或る夕、蚊遣を燃《た》きながら、竹縁で風を入れていたお幾は、思い掛けず、お恵さんの良人が死去したという報知に驚かされた。
 広田さんの病気は、昨日今日に始まったことではなかった。もう半年ほども腎臓が悪く、近頃は暑気でめっきり弱ったことは、知り抜いていたのである。がげんにその前の日見舞に行った時に、衰えてこそおれそんな急なことはありそうにもなく美味そうに梨の汁などを啜っているのを見て来た彼女は、それを聞くと一緒に、
「死んだ? 広田さんが? お前何か聞き間違ったのじゃあないかい」
と念を押したほど、仰天した。勿論一刻も猶予してはいられない。あわてる女中を急き立てて喪服に更えるとお幾は、帯留を啣《くわ》えたまま、俥に乗った。折悪しく近所の工場の退け時で、K町の狭い通りは浅葱色の職工服や空の荷車で夕闇も溢れるほどの混雑をしている。
 その間をようように抜けて質素なお恵さんの家の小門の前に梶棒がおりると、彼女は、もう堪らなさそうな泣顔になりながら、取次の女中を突のけて奥の間へ馳け込んだ。
 ことが
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