木などの職人は勿論、井戸替、溝掃除、細々した人夫の需要も石川一手に注文が集った。纏《まとま》った建築が年に幾つかある合間を、暇すぎることもなく十五年近く住みついているのであった。
五年前、桜が咲きかける時分石川は予期しない建築を一つ請負うことになった。十五日の休みで、彼は家にいた。裏のポンプのところで、下駄屋の犬とふざけていた。すると、女房が遽《あわただ》しく水口から覗いて、
「ちょいと! お前さん」
と変に熱心なおいでおいでをした。石川は、なお尻尾を振って彼の囲りを跳び廻る犬を、
「こらこら、さあもう行った、行った」
とあしらいながら、何気なく表の土間に入った。上《あが》り端《はな》の座布団に男女連れがかけていた。入って行った石川の方に振り向いた女の容貌や服装が、きわだって垢ぬけて贅沢《ぜいたく》に見えた。
「いらっしゃいまし」
せきが土間に立ったまま、
「事務所からきいておいでなすったんですってさ」
と云った。イムバネスを着た年配の紳士は、
「いそがしいところをお邪魔だろうが、一寸相談して見たいことがあったのでね」
と云った。石川は始めその男女を、世話されている者、している者という風な関係に思った。××町の家の女主でそういうのがよくあるのであった。ところが話しているうちに、女の方が今度新たな家を建てようとする人で、男はただ後見役の位置にいることが分った。四十がらみのその女は、
「ずっと下町にいるから当分淋しくって困るかも知れないと思いますけれど、私も伜《せがれ》も体が丈夫な方じゃないから、一つ思い切って閑静なとこへ引込んで呑気に暮そうと思いましてね」
などと、静かなうちに歯切れよく話した。
「若しお願いするとなりゃこの方に万事御相談願うことになるんですよ。私なんぞ絵図を見せてお貰いしたって、目の前に出来上ってからでなけりゃ、どっち向いて入る訳なんだか見当がつかない有様なんですもの」
何となし鷹揚な女であった。石川は間数や、大体の好みなどを訊いて帳面につけてから、連立って土地を見に行った。大通りをずっと奥まってから右に入った空地であった。石川は思わず、
「ああ、こっちですか」
と、雑草を掻き分けて踏み込みながら云った。
「ここはいい地面です。あの通り北がずっと松林で囲まれて、こう南が開いていますから。――五百坪ですか」
「そうでしたっけね。……去年来たときか
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