。われわれの組織の内で、組織活動と創作活動の統一の問題がおこったのは、組織活動の否定からではなく、逆にその重要性の理解(しかし不十分な理解)から起ったのである。われわれは組織活動はもちろんやらねばならないし組織活動の旺盛化の要因として創作活動も高められなければならない。だが、何ともいそがしいではないか。同盟内の仕事はおのおのの部署にあり班会にあり実にうんと用事がある。サークル活動は更に多くの精力を要求する。体が一つではまわり切れない。朝出て家に帰るのは十二時であるとすれば、いつ創作ができよう。だが作品は書かねばならない。困ったものだというところから問題が生じている。当惑と一種の焦慮とをもって問題はおこっていて、一つこの矛盾を大いに克服しようではないか、そのためにはわれらの置かれている現実をまず分析しよう、討議しよう、さあ……諸君! という、気組みの引立ちが欠けている観がある。
 特に率直にいえば、一九三二年の後半期に問題は一進している。林房雄や須井一などが一応プロレタリア文学の陣営に属すように見えつつ、実質においては非プロレタリア的な作品を量において多量生産し、しかもそれがブルジョア・ジャーナリズムにおいてもてはやされているのに対して、われわれが一々それを作品によって覆《くつがえ》すような作品を書いていないという現象から、漠然たる圧力を感じる傾向があった。従前から、創作活動旺盛化の課題がわれらの前にあった折から、この気分は同盟内に新たな意識で創作活動と組織活動との統一の問題をまき起したのである。そして、この問題に対する同盟員の感情も微妙な複雑性を示した。
 一方には、組織活動をしないでいいとは思わないが、今のままではやり切れない、何とかならないものか、という消極的な、他力本願的気分がある。一方には、現在の状勢でプロレタリア文学運動の確立のために組織活動なしでどうするものぞ、組織活動によってこそ、多数者獲得の課題に答え得るのだ、今書けないのは仕方がない、という左翼的日和見主義があり、他には、時間の問題とする部分もある。創作をする時間さえあればよいのだ、と。
 プロレタリア文化運動で組織問題の重要性が理解され、それが実践にうつされたことは一九三一年度における基本的発展であった。更に、そのプロレタリア文学組織としての発展を、組織の特殊性によって具体化するために創作活動旺盛化の課題が一九三二年の大会で決定されたことは、正しかった。われわれはわれわれの革命的作品によって反動文学を克服し、サークルその他同盟の組織活動によって敵の文化組織を撃破し得るはずであった。
 しかし、それはうまく行っていない。急速に変化した情勢は現在サークル活動の理解の立てなおしを要求している。創作においてもわれわれがプロレタリア作家として互に要求しているだけ雄大で高度で、かついきいきとしたプロレタリアートの生活描写において大衆をすいよせるような作品は出ておらぬ。
 だからといって作家同盟の方向が根本的に誤っているとか、または林房雄の憫然たるアナーキー性の爆発的言辞を引用すれば「鎌倉に引込んだ僕の方がプロレタリア的仕事をするから見ていろ」などというに至っては、すでに論外である。
 真にプロレタリアートの立場に立ち、戦闘的マルキシストの目で発展の本質を理解すれば、われわれの当面する矛盾こそ発展の最大のモメントとして現れていることを理解するのである。
 たとえばブルジョア文学批評家は、自分がもとのように次々と小説を書かぬことについて過去二年間しばしばこういう文句を繰返した。「中條百合子は小説が書けなくなった。作家同盟なんぞへ入って、柄にもない部署につかされ、追い立てられているから、才能をついにドブにすてた」と。だが、自分をそれらの言葉で苦しめ、傷けることは全く不可能であった。なぜならば、ブルジョア・インテリゲンチア作家としての発展の必然としてプロレタリア文学運動に参加した自分は、すでに質において真の作家としての発展の可能性をとらえた。また、過去のすべての文化的蓄積を最も革命的に利用し得るよう自身を鍛え洗われたものとし、世界観の隅々までをプロレタリアに組織するためには、先ず、文化啓蒙活動をとおしてあらゆる機会に勤労大衆と接触しその一員となることこそ、正しい第一歩であることは明らかであるからである。
 ここに、一本のステッキがある。ブルジョア作家はそれについて何を実感するであろうか。そのステッキの外見の瀟洒さ。流行。キッドの手套。キャデラック。又は半ズボンと共に郊外の散歩。あるいは忽然として、自分のわきに細い眉毛を描いて立つ洋装の女を思い出すかもしれない。自分は、今ステッキを見てそのような種類のことは思えない。何ともいえぬ肉体的憎悪をもってそれを見る。直接な敵を感じる。野蛮
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