ろう、と思った。彼は考えるのではない。感じるのだ。――感じるのだ。そして朝子は、その敏感な本源的な魂の触覚を、符牒のような生存の尖端という言葉にまとめて思ったのである。
 自分が、放埒の欲望を感じながら、何のためにか、のめり込まずいる。それはと云えば、正気は失っても、その尖端が拒絶するからだ。
 幸子が、昨夜立つとき、
「大丈夫?」
と訊いた、朝子は、ひとりでに、
「大丈夫でなくても、大丈夫だと思っちゃった」
と、捉えどころのないような返事をしたが、そうだ大丈夫ではないが、その尖端が感じ、選択し、何ごとか主張している間は大丈夫だ。その|生存の尖端《ラ・ポアント・ド・ラ・ヴィ》をも押しつつむ程大きな焔が燃えたらどうであろう。
 それならそれで、万歳だ。朝子は思いつづけた。自分は、そして、自分の生存の尖端は、その焔の央《なか》にあって我が生の歌を一つうたおう。
 朝子は、会って来たばかりの久保のこと、相原の生活、間には、新しく磨きたての磁石の針のように活々と光り、敏く、自分の内心に存在すると感じるものについて考え、味い、長い夕方の電車に揺られて行った。
 六時前後で、電車は混み、朝子の横も後もその日の労働を終って帰ろうとする職工、事務員などの群であった。或る交叉点で先の車台がつかえ、朝子の電車も久しい間立往生した。窓から外を眺めたら、甘栗屋があり、丁度その店頭の燈火で、市営自動車停留場の標識が見えた。黒い詰襟服の監督らしい髭のある四十前後の男が、そこに立っていた。何か頻りに見ている。鏡のようだ。よく視たら、彼の手にあるのは女持ちの一つのコムパクトであった。拾ったのだろう。彼は偶然停った満員電車の中から観ている者があろうとは心づこうはずなく、そのコムパクトを珍しそうに、とう見、こう見していたが、やがて蓋をあけ中についている鏡で自分の顔をちょっと見た。それは直ぐやめ、今度はコムパクトの方を鼻に近づけ白粉の匂いを嗅いだ。――トラックや自転車の往き交う周囲の雑踏を忘れた情景であった。
 その位長く彼は嗅いだ。



底本:「宮本百合子全集 第四巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年9月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第四巻」河出書房
   1951(昭和26)年12月発行
初出:「改造」改造社
   192
前へ 次へ
全29ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング