ごみごみしているようで、小石川のこちら側、なかなか散歩するところがあるでしょう」
「古い木があるのもいいのよ」
大平は、やがて、
「このまんま戻るの、何だか惜しいなあ」
と、往来で立ち止った。
「どうです、ずうっと鬼子母神の方へでも行って見ませんか」
「そうね――そして、またあのお蕎麦《そば》たべる?」
去年の秋、幸子と三人づれで鬼子母神の方を歩き、近所の通りで、舌の曲る程辛い蕎麦をたべた。
「ハッハッハッ、よほど閉口したと見えて、よく覚えてるな――本当に行きませんか。さもなけりゃ、私んところへこのまま行っちゃって、御馳走をあなたに工面して貰ってから幸子君を呼ぶんだ」
その思いつきは朝子を誘った。
「その方が増しらしいわ……でも、お幸さん心配することね」
「なあにいいさ! 本読ましとけ。――心配させるのも面白いや」
「――ここにいりゃ何でもないのに」
「いたら、まいてやる」
大平は、いやに本気にそれを云った。
朝子は、家の方へ再び歩き出した。大平も、自分の覚えず強く発した語気に打たれたように暫く口をつぐんで歩いた。
桃畑の角を曲ったら、門の前を往ったり来たりしている幸子の姿が見えた。朝子は、その姿を遠くから見た瞬間、自分達が真直ぐ還って来たことを心からよろこんだ。
「お待ち遠さま」
「何だ! それっくらいなら一緒に来りゃいいのに」
大平が渋いように笑った。
「君が案じるって、敢然と僕の誘惑を拒けたよ」
「ふうん」
先立って門を入りながら、幸子は、気よく、少し極りわるそうに首をすくめ、
「――今どこいら歩いているだろうと思ってたら、自分も出たくなっちゃった」
茶を飲みながら、朝子は大平が往来で提議したことを話した。
「――頼みんならない従兄よ、あなたがいれば、まいちゃうっておっしゃるんだから」
「そうさ、素介という男はそういう男なの、どうせ。――アッペルバッハが、ちゃんと書いている」
幸子は、さっぱりした気質と、その気質に適した学問の力とで釣合よく落つきの出来た眼差しで朝子と素介とを見較べながら云った。
「従兄の悲しさに、あんたも私も、どうもサディストの型《タイプ》に属するらしいね。アッペルバッハの新しい性格分類法で行くと。だから、マゾヒストの型で徳性の高い朝っぺさんにおって貰って調和よろしいという訳さ。私なんか、同じサディストでも、徳性が高いから
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