ったが、諸戸は近来、働き会の方の河合という女といきさつがあった、もう一人そう云う人が働き会の中にある。そんな状態であった。
 のほほんで、その河合と連れ立って帰るようなこともするのに、時々川島の場合のようにぶざまな痙攣《けいれん》的臆病を現すのであった。
「気のいいところもある人なんだから、あなた、ただ叱られていずに、ちゃんと自分の立場を明かにして置くといいんですよ」
 朝子は川島に云った。
「こちらがしゃんとして出れば、じき折れる人なんだから」
「憤ると、でも怖いですよ」
 川島は、いかにも学生らしく、眼を大きくした。
「とてもでかい声で『君!』ってやられると、参っちゃうな。云うことなんか忘れちゃう」
「だから、あなたがそれよりもっとでかい声で『何でありますか!』って云えばいいのよ」
 多分、相原の口添えで、川島を罷めさせることは中止になったらしいと云うことだった。相原は、諸戸と同郷で、ころがり込んでいるうち、府下のセットルメント・ワークを任され、今では一方の主になっている男であった。伊田と川島は異口同音に、
「――相原氏の方があれでましでしょう」
と云った。
「男らしい点だけでもましじゃないですか」
「今度だって、諸戸氏、直き廊下であったら、やあ、なんて先から声をかけるんだよ。とてもお天気やだね。何が何だか分りゃしない」
「相原さん、諸戸さんにゃ精神的欠陥があるんだって云ってました」
 朝子は、段々いやな心持になって、
「もうやめ! やめ! こんな話」
と云った。
「第一相原さんが諸戸さんについて、そんな風にあなたがたに云えた義理ではない筈ですよ。葭町の芸者とごたごたがあった、その借金の始末だって諸戸さんにして貰ってるそうだし……第一、今の地位を作ってくれたのが諸戸さんじゃありませんか」
「――そうなんですか」
「こないだ、将来、万事は自分が切り盛りするらしい口吻でしたよ、でも……」
「若し、相原氏が、反諸戸運動を画策してるんだったら、私は見下げた男だと思う」
 朝子は、亢奮を感じた顔付で云った。
「諸戸さんにだって、卑怯なところもけちなところもあるが、一旦自分の拾った者はすて切れないというところがあります。そうしちゃ、飼犬に手を咬まれているんだけれど」
 諸戸は弱気で、どこか器のゆったりしたところがあり、相原は表面豪放そうで、内心は鼠の歯のように小さくて強い利
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