れまでの日本は、女一人をたやすく歩ませては来なかったに相違ない。しかし、この個人個人の奮闘史は、今日の彼女たちにとっては、誇りある経歴となっている。そのことが、とりも直さず、現在のこれらの人々が功成りたる[#「功成りたる」に傍点]地位にある人々であることを語っているのである。
私たち婦人にとって、婦人の棄権のすくなかったということは、慶賀さるべきことであったろう。婦人代議士がどっさり出たことも、婦人有権者の数の大きさから見て、そう不自然なことではないのかもしれない。しかし、この現象について飾りなく私たちの感想を求められたら、今、日本の婦人たちは、果して何と答えるであろうか。生活の現実は、これらの婦人代議士が、初めての政治経験において「女のことは女の手で」解決するには余りに重大な社会情勢であることを直感しはじめているのではないだろうか。
諸新聞には、三土内相その他政党首領たちの言葉として、制限連記制が不適当な方法であったことを強調された。婦人代議士のどっさり出たことも、この不適当な選挙方法の欠陥のあらわれのように語られた。市川房枝女史も、今の日本に三十九名もの婦人代議士の出たことはよ
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