自分も、戻したい気になると思って行かないのか。それ迄深い good will があるかと思う。
 わかりはするが、一緒に居ては苦しく楽に仕事の出来ないと云う不幸な心持。
 他に誰と居たって出来ないのは判って居るが。
             ○
 俊ちゃん 三井からロンドンに行くときまる。その日、友人に誘われ夕食をしたと云い、酒気のある顔をして来る。涙もろくなりしきりハンケチで眼頭をふく。
 祖母、
「始めはうれしくって涙が出たが、今度はかえる迄生きて居られないと思うと別な方から涙が出るごんだ」としきりになく。
 然し、餞別に三十円も出せと云うと急に勘定だかくなり子供のうちからこれこれしてやり、こちらに来てからも五十円出してやっただ、とこばむ。

     四十五十近い女と二十四五の成熟した女の心理的衝突

 母が近頃、弱いことで甘やかされて居るのに、自分の主張は正しいばかりで通ると云う信仰をかたくして居る浅間しさ。
 ◎自分は着物をどんどん作っても祖母の身のまわりのことはかまわず
「どうしてそう変なおなりをなさるでしょうね、お持ちだのに」と愛のない言葉をかける。
 娘に、「何を着たってわるいものはわるい」と云う。
 そう云う若い時からの執念で威張り、それ見ろ、と云う態度で居るのを見る心持。――劬《いた》わられるのが当然と云う自負
 ◎その位の女の享楽主義
 夏目さんの奥さんが自動車に乗って遊んだのも無理なし、若い時の苦労を思い出し、今こそ自分の力で楽しめると云う傾向
             ○
 七月八日、もうすぐ暑中休暇にもなるのに、時候が逆がえりし、急に単衣に肌衣を重ねても、うすらさむいようになった。
 曇った空の下で、茂った梧桐の葉などが却って、わびしく、寒く感じられる。
 階下で小さい女の子が、肝[#「肝」に「ママ」の注記]高い声を張げ[#「張げ」に「ママ」の注記]て読本のおさらいをして居るのが、静かな四辺の空に響く。
「わたくしには、口も眼も耳もありません。手も足もありません。まるいけれども、まりのようにまんまるではありません。いきては居ますが、動くことは出来ません。私を転すことは誰にも出来ますが、立たせることや二つ重ねることはどうしても出来ません。」

     母と英男との争い

 母のまるでインテレクチュアルでない自分をよしとしてすてばちに押し通
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