一九二七年春より
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)紅怨《うらみ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)田山|花袋《はなぶくろ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)凍って歯にしむみかん[#「みかん」に傍点]
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○雲に映るかげ
○茅野の正月
○ゴーゴリ的会の内面
○アルマ
○花にむせぶ(Okarakyo の夫婦、犬、息子(肺病))
○となり座敷(下スワの男、芸者二人。自分、Y、温泉)
○夢、
雲に映る顔
○夕やけの空を見て居る。
○家に居なくなった母
○雲が母の顔に見える
○子供山の向うに行ってしまう
○茅野
○かんてんをつくる木のわく沢山雪の上にある。
○寒い日当りのよいところがよい
○夜のうちに凍らす
○甲府
○兀突と結晶体のような山骨
○山麓のスロープから盆地に向って沢山ある低い人家
○山嶺から滝なだれに氷河のような雪溪がながれ下って居る。
○枯木雪につつまれた山肌 茶と色[#「色」に「ママ」の注記]との配色 然し女性的な結晶のこまかさというようなものあり
○山と盆地
○下日部辺の一種複雑な面白い地形 然し小さし
○信州に入ると常磐木が多い。山迚も大きい感。常磐木があるので黒と白の配色。荘重 山と峡谷
○信州の女
○眼比較的大 二重瞼で、きっとしたような力あり。野性的の感
○蚕種寒心太製造
隣室の話
男、中年以上姉さんという女
もっと若い女、
芸者でもなし。品のわるい話。工女であった。
古女「こんだあ、上野公園や日比谷公園へつれてってくれないかね。」
古女「はぐれないようにして貰わなくちゃ」
○男「新宿は二十七日っきりだから、浅川だけだね、参拝するなあ」
中女「うれしいねえ」
「だけど月経がさ」
「フッ!」
男「いや 女は……見たような気はしないし、ちょいちょいちょいちょい――行きたくって――」
若女「車でとばしちまっただけで何が何だか分りゃしなかった、足でちっとも歩かないんだもの」
中女「宿賃いくらですってきき合わせたら、五円だって、えー五円? っていったのよ」
「あらいやだ」
「宿賃なんかとやかく云わないさ」
「大きなこと云ってるわ」
田舎新聞
○「寒天益々低落
おい大変だぜ 寒天下落だよ
中央蚕糸
紅怨《うらみ》 紫恨《つらみ》
◇二度の左褄
上諏訪二業 歌舞伎家ではさきに 宗之助 初代福助の菊五郎の二人が古巣恋しくて舞戻ったが、今度は又初代勘彌が云々
茅野
山の裾から盆地に雪が一面、そこに藁塚が関東のとは違い[#丸底フラスコのような藁塚の絵(fig4206_01.png)入る]大きな泡盛のびんのような形で黒く沢山ある。遠くから見下すと、まるで凍った白い雪の上を沢山のペングィン鳥が群れ遊んで居るような心持がした。
○凍って歯にしむみかん[#「みかん」に傍点]
○若い芸者、金たけ長をかけ、島田、
牡丹色の半衿、縞の揃いの着物
○寒い国の女、黒い瞼 白粉の下から浮ぐ赤い頬
○水色、白 黒の縞になったショール
○赤い模様のつまかわ
○太鼓をたたく
○木のひねくれた板に 一力と白で書いたような曖昧や
○表レン子格子
○二階トタンを張った雨戸
○月に二度女工の休み。
二十七日から八日にかけて。
○小さいのから二十前後の白粉をぬりべにをつけたのまで。
べこべこ三味線
お座つき香に迷う(端唄)がすんだら 都々逸
下諏訪らしい広告
御待合開業
今回各位の御同情により二月十八日より
御待合並にうどん店
開業致し親切丁寧を旨として大勉強仕候間御引立の程願上候、
うどん/きそば[#「うどん」と「きそば」は2列に並ぶ]御待合[#地から3字上げ]入仙
[#ここから1字下げ]
〔欄外に〕君が……かりねの床
[#ここで字下げ終わり]
○下スワ、上スワ、チノ間の乗合自動車
赤、緑の車体
女車掌
茶の外套、赤いルビーまがいの指環、出入口の段に片脚ずつかけてサッソーとのってゆく。
往来所見
○毛糸の頭巾をかぶった男の子二人、活動の真似をして棒ちぎれを振廻す
○オートバイ
「このハンドルの渋いの気に入らん」
とめたまま爆発の工合を見て居る。
女の言葉の特長
ねーえ と引っぱって[#四分音符ミファレに「ネーヱ」の歌詞の楽譜(fig4206_02.png)入る。]というが如し
だに
おいでた
だかね
居ますんね
[#ここから1字下げ]
〔欄外に〕ジンゲル[#「ジンゲル」は横組み] singer
[#ここで字下げ終わり]
木曾
山々信州より丸し。
山家、こば屋根に丸い川原の石をのせて居る。
杉、赤松など山に多し
川原に灌木が赤茶っぽく茂り、白い雪をとかして清流が流れる。
車窓に近く山、浅い
広い溪流
樹木一種特長ある
細さ 線の複雑さ 枝がこまかく 楓、山桜もあり
繊かに美しい絵的断片的風景
浅き川コンコンと流れる
山家の日向の庇に切干や薪干してあり。
山村春雪。
懐しき風景
鮎でも背を光らすように
小さく時々白波たてて
走る川水
田の中にも立木[#三本の枯れた立木の絵(fig4206_03.png)入る]という風にあり。
枯木の美感
木曾福島から景色かわる。
もっと雄々しく山と谷とのきざみめ深し
木曾のつり橋
落合川辺の木曾川の水は深く明礬《みょうばん》色で、崖や枯木の茶色と対照す
幅もひろし。
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〔欄外に〕この辺もうステーション辺 雪なし
[#ここで字下げ終わり]
茅野
顔を両手でこすりつつ
「ひどいか?」
「ふーむ」
傍からおしゃく
「あらシーさん天狗になっちゃった、あんたお酒のむと、いつも鼻が赤くなるの」
二十二歳、成熟した無邪気な肉体、眠って居る欲望の放散。
○牛のような強い真直な心を牽く見かた
○赤い頬
○たべものなど、ゆっくり、時には音を立てて食う――かむ様子
フイリッポフ
○小笠原
○レッシャ売り
○ローゼン男爵夫人
○仕立屋夫妻
○ロシア語をならいに来る若者
○下の子供、としより
○ドイツ人の宣教師
○日本人の妻となったロシア女
○フッシェ嬢 拳闘士
農民小説集・六月
木村 毅氏
若月保治
現代文選
街上風景 六月三十日
夜七時頃新橋駅に来ると 乗合自動車の小屋の黒服の男、拾ったコムパクトで自分の顔を見て居た。
七月二十九日
机に花なし。庭の小町草の小輪をとってさす。
コップの水に浸って居る葉にこまかいむく毛がある故か、小さい水玉が見える。水の涼しさ、冷たさが感じられて美し。
同
きのう、床の間に白、桃色、朱、一株の鬼百合をまぜ、赤絵壺にさして飾る。
床壁、緑っぽき黒の砂壁、その前に花の色、実に落付いて美しき調和。
絵――油、にかきたい心持がした。
恐ろしい風の吹く深夜
月皎々
黒龍のような雲
白い花
硫黄山
五月 那須
○いし子
○きみ子 色気あり
Y「さあこれから行って寝よう」
キ「眠らせませんよ」
きみ子 びわ師がいい人、
○みどり
米問屋の女房、その手下の男との話
「さよう、さよう」
「いくら私共が御迷惑をかけまいと思って居たって、親銀行が困って居るんですから」
「全くですな」
「地震の年ですかな、その次の年でしたかな、鈴木商店が潰れて随分苦しみましたぜ」
「いや、やっぱり車輛課長」
「随分然し家へなんか居催促でしたよ、執達吏が来るかと思って心配しましたよ」
夢
六月九日
原稿のつぎばりをしようとして小さい鋏をつかう拍子に
「おや、これは先がつぶれて居ない」
奇妙に思い、この鋏の先がつぶれたのは夢の中のことだったと思い出した。つづいて昨夜のもう一つの夢思い出した。それは柔かい緑色の若葉の梢の中からいくつも、いくつも黒蝶のように雛鳥の黒いのがかえって舞いたつ。驚いて見て居るとだれかが 何とか鳥です と云った、その名 一寸美しかったのだが、覚えず。
Yの同じ夜の夢
Y、ベコがピアノを弾いて居る、手つきがよい、ピアノを一つ中古で買おうという、オルガンのような見かけの貧弱なの
「アグファ」という名
「へえ、フィルムと同じ名だな、
然しベビーピアノでは小さくて大きなものひけず、やすくても(五十円)だめだなと思う
上野から
○白河在の爺
大学生と向い合っていろいろ喋る。
「あなたが行ってなさる学校にもはあ 支那の留学生来てますかい」
「あげえ、支那さわいでるが 金なじょにしてるだべ」
「政党争いみたいなもんだっぺ」
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〔欄外に〕だんだん尻上りな口調
[#ここで字下げ終わり]
「民衆の仕合わせを目標にはしてるらしいない」
「目覚《メザメ》て来たんだない」
それに対する学生のデスポンデント
上野――黒磯
氏家から女学生のった。
紺サージの制服、緑に白線の入ったバンド
安積的口調 十二日に旅行アルラシ
東京日比谷、東京駅、横須賀、江の島などゆくらしい。たのしみにしてその話、
中に一人赤いリボンの腕時計をし、お下げどめのしかたも東京風 「まあいやだ」などというのも東京風で色も白い、一寸リボンのついた靴をはき目立つ。いつかの旅行のとき
「ジャブーンと波がかかってこんなとこまでぬれちゃったの、一生懸命かわかしてまだ時間があるから、又遊びにいったら、又ジャブーンかかっちゃったの、又乾したけれど間に合わなくてと[#「と」に傍点]うとう買っちゃった。ここっきしないのが五十[#「十」に傍点]銭だって。
[#ここから1字下げ]
〔欄外に〕ヽの打ってあるところにアクセントあり
[#ここで字下げ終わり]
「じゃすね出ちゃったね」
「え、何とか何とか」
「やんだこと、到頭×ちゃんとうとと叱られてんの」
「何して」
「旅行のこと心配しておっかしなことばっか喋ってんだもの――食べもののことばっか考えて、紙にかいたり何かしてっからよ」
「チョコレートにシュークリームにもってこうて? 持ちものんなるから 私お菓子なんか何にももってがない」
「むこうで買う方が雑作ないね」云々
べこの前の二人 しきり英語を暗記して居る ディクテーションとかいたかみを二つにたたみ、見ると 巻パン[#「巻パン」は横組み] Roll accident adapt angel そんな字が見える 天使、天子と書いてある。細い、くろ豆のような女の子。
乗り合
黒磯――那須、五月一日
○松川やのおかみ、有江の婆さんの感じ「私たちは山ん中でちぢかんで暮すように、運命づけられて居るのかもしれませんね」
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〔欄外に〕乾からびた声
[#ここで字下げ終わり]
○オートバイが一台ゆく
婆「だれだい」れ[#「れ」に傍点]のところにアクセントをつけて
運転「準ちゃんです」
「へえ、のってんのは」
「獣医です」
「牛でも病気になったんだろうか」
「馬です」
「馬も居る[#「る」に傍点]の」
「馬や牛かってるんです」
「ふーむ、馬や牛より木を植える方がいいや、第一食わせなくっていいもん」
後の席の男
春外套の鼠色のを着、鼻髭のある四十がらみの男、先ず
「その鞄あぶなかあねえか」
と云う、動き出してから
「ああ、いい道ですな、これならいい、御用邸の出来たおかげですよ 御用邸の出来たおかげですよ」
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