人の新しい評論家たちは、もとより自分の書きたいと思う作家を自由に研究題目としているのですが、注目されることは、このつつましい試作三つともが、作家論というものはどういう方法によるのが最もその作家の真実に肉迫しうるものかということを、地味に、客観的に、社会的に、文学的に究明しようとしている態度です。自分はこういうんだ、というふうの古い個人的押し出しが匂っていないところが、新鮮なのです。そして、この新鮮さというものは、執筆者たちが未だ未熟者で、個性を確立させていないから、自分について臆病であるから、個人の匂いが鼻につかないというのでしょうか。まったくちがいます。この人々の持っている小さいがまとも[#「まとも」に傍点]な新鮮さは、もうこの人々の生活感情、文学感情は、古い意味での自分が[#「自分が」に傍点]、自分が[#「自分が」に傍点]の主張から拡大されていて、一つの作家論によって自分のもち味を展開してみせる興味よりもっと成長している、という文学の新しい線を示しています。一人の作家をとらえて、それを社会進歩の歴史の方向に立ちつつ、客観的に究明してゆく、その熱意とよろこびのうちに、自身を究明し、自身を発展させてゆこうとする心持が示されています。だから、三つのうち、一つでもよくいわれる「特異な才能」が示されているでしょうか。ジャーナリズムがすぐ買いにくるような意味での特異な才能は一つも示されていません。しかし、民主的な文学なら、必ずそこを基盤としなければならない民衆の健やかで平明で条理のとおった現実的判断が、この試作の基調となっています。読んで、アクのつよい、いやな後味は一つもなかったでしょう? 小さいけれども、まともなものです。『新日本文学』は第四号で、やっと、こういうふうに、かたよった文学人の文学でないもの、あたりまえの社会的人間の情理に立った文学への声を包括しはじめました。こういうふうに行かなくては、『新日本文学』の出る意味がないのです。
『真・善・美』という雑誌の九月号に「小林秀雄氏へ」という公開状を書いた小原元という人は、『新日本文学』に試作を発表した三人のかたよりは、ずっと既成文学のいきさつに通じ、その語彙をうけついでいますが、やっぱり一つの新しい力、新しい存在感の上に立っている方のように思えます。小林秀雄というような評論家は、こういう若い世代の感覚でしか批判しきれないでしょう。
またこの四号には、小沢清という人の「町工場」という小説がのりました。徳永さんの推薦で、推薦者は、この作品のよい点とともにおさなさをいっていられます。なるほど、おさない、といえるところはあるかもしれないけれども、それは現実を見る眼、現実を感じる心の粗雑さを意味しているでしょうか。私はそう思いません。町工場につとめる若い勤労者としての主人公をとおして作者が社会を感じている人間としての感覚は、けっして荒っぽくありません。ひとりよがりの幼稚さももっていません。こまやかで苦労を知っていて、しかも卑屈でありません。「町工場」を読んだ人は、誰でもこの作品のさっぱりとして、しかも人間らしいつよさにこころよく感銘されるのですが、この小説も『新日本文学』の収穫として、まじめに検討し、この作者の勤労者として、そして小説を書く人としての大成を期待しなければならないと思います。
この「町工場」の小説としての価値は、私という主人公が勤労生活のうちにあるさまざまの半封建的な、搾取的な細部を感じつつ生きてゆくそのことを、いわゆる、進歩的勤労者の自覚した認識というような観念にてらして描きださず、生きてゆく細目そのもので描きだしているという点です。ひと昔前の勤労者作家には、こういう腰のすわりがなかったと思います。身辺現実を整理するに、なにか道具がいりました。イデオロギーとか社会史観とか、こき出されたそういうものがいった。そういう整理道具なしに日常現実に体ごとはまったまま、それを作品化してゆくだけの力がなかった。足をとられるから、つかまるものがいりました。インテリゲンツィアの場合でみれば、野間宏の「暗い絵」の話のとき、有島武郎や芥川龍之介の文学にふれました、あのとおりです。実感の中にとけて入って、それが社会科学の本はどう書かれているかということにかかわらず、生活と文学そのものの中から、実感をつきつめて、自然、勤労者として正当な、したがって人間らしいテーマの発展を辿っている。
ここが、じつに着目されなくてはならないところです。世界観と実感と二つを対立させて、モティーヴの切実さが世界観などからは出ない、という論議もあったりしているとき、文学の現実で、この「町工場」なんかは、もうその問題をある意味でとび越えた、若いすがすがしい世代が擡頭しかかっていることを実証しているんです。つまり、勤労者
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