に傍点]がからんでいること、今日文壇に出ようと思えば銀座辺のはせ川とかいう店で飲まなければ駄目だとか、公然の秘密となっている菊池寛を先頭としてのさまざまの程度の代作あるいは放蕩、蓄妾その他は、ブルジョア風な世界観に支配されているブルジョア社会の一部である文壇において決して意外のことではないのである。「M子への遺書」の作者が、どのような内心の憤激と自棄にかられてあの作をかいたか分らないけれども、もし、真面目にそれらの社会的腐敗を作家として問題にするのであれば、全く別のやりかたでされなければならなかったであろうと思う。ブルジョア文壇に悪行があるとすればそれはとりも直さずその作家たちの属する社会層の悪行であり、その根絶への方向は、一作家の文壇の枠内でのジタバタ騒ぎにすぎないことはわれわれの目に明らかなのである。
 さて再び、自然主義以来の老大家の作品とその影響とに戻ってみよう。
 これら一連の老大家たちの作品の中で、よかれあしかれ最も世評にのぼったのは荷風の「ひかげの花」であった。当時、批判は区々であったが、大たい内容はともかく荷風の堂に入ったうまさはさすがであるという風に評価された。そのう
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