くファッシズム文学とに対抗してあげられたブルジョア純文学作家たちの気勢であったとも見られる。
 この気運の具体化された一例は、昨年末から今年の初めにかけて『文芸』の発刊その他無数の文芸同人雑誌が刊行されるようになったことにも現れていると思う。
 さて、文芸復興の声はこのようにしてブルジョア文学の全野に鳴りわたったが、矢つぎ早に問題が起った。実際の作品の上ではちっとも文芸復興らしい活躍が示されないではないか、はたして文芸は復興したか? という疑問である。
 その解決を求めて、今年のブルジョア文学は前例ないほどドストイェフスキーやバルザック、ゴーゴリなど外国の古典的作品の再検討をとりあげ、明治文学研究も行われた。(「浪漫古典」の森鴎外、二葉亭四迷、漱石などの研究特輯、佐藤春夫「陣中の竪琴」など)リアリズムの問題も、プロレタリア文学運動に新たな方向を与えた社会主義的リアリズムについての究明と呼応して取りあげられたのであるが、私たちの注意をひく点は、ブルジョア文学におけるこれらの諸課題=リアリズムの問題も、外国の古典作品の研究、明治文学の再吟味などすべてが、文学創作にとって実際上新生面を打開す
前へ 次へ
全35ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング