られたことがあった。
 友情というものはただ男と女とが組みになって遊んでいるというよりも深い本質に立つものである。感情の三分の二ほどは恋愛的なものだが、その責任を互にさけて、対外上にも友情の仮面を便宜としているという風な自堕落なものでもないと思う。
 少年少女時代から一緒に種々様々な行動をして育つ外国の両性たちの間に、細かい礼儀のおきてがあって、たとえば女の子は決して自分の寝室に男の友達を入れないという慣習などは、建物の構造が日本とはちがっているという条件からばかりでなく、やはり一方に自由闊達な両性の交際が行われている社会の習慣が、その半面にもっているけじめなのだと思う。
 日本の今日の実際にふれて周囲を見わたすと、大部分の人々の青春は、両性の友情などというものからは、思うよりも遙かに遠くおかれて過されているのだと思う。兄妹がいて、それぞれ学校生活をしていたり勤めたりしている人たちでも、なかなか互の友人たちを家庭の内で紹介しあって、淡白に愉快につき合ってゆくという習慣はできていない。家庭の雰囲気と若い男女たちの生活感情との間に見えないギャップがあって、相当の年ごろになった娘や息子は、友達の間では自分を親の家の空気の重さからはぬけた者として感じていたい心をもっている。男の子は自分たちだけ、女の子も自分たちだけ。その点では兄も妹も別々で、まともな心持の若いものはかえって兄と妹とのグループをごっちゃにして外で遊ぶというようなことはしないらしい。
 従って何か特別な社会環境にいる人でない限り、互の接触はたいへん稀れなことになり、友情という広汎な感情で訓練される間もなく、本質的には偶然なきっかけが特定な人への特定な感情へと導かれる場合が多くなってしまうのである。

          二

 日本の家庭の父や母たちは、永年にわたる家庭の友として異性の友人たちをもって、互の家庭の純潔をまっとうしながら友愛をみのらせて来たという経験には何と乏しく貧しいことだろう。その貧しさ乏しさは、若い世代の男の子女の子のつき合いについての判断についても良識を欠くことになってたとえば相当な年になった息子たちや娘たちは自分たちの交友を家の外でするという結果をも導き出していると思う。
 どんな若いひとたちにしろ、ただ友達の兄さん弟というだけのつき合いを一々母たちの詮索風な、また婿選び的鑑識の対象にされることは、うるさくて堪え難かろう。どんな息子にしろ、格別の感情を抱いてもいない妹の友達たち一人一人をやがての嫁選びのような目で自分にひきつけて眺められることには我慢しきれない神経をもっていると思う。家庭というもののうちにあるそういう煩わしい、幾分悲しく腹立たしい過敏な視線が、若い世代を外へとはじき出していることを、父母たちはどの程度に洞察しているだろうか。
 社会の歩みは日本の今日の若い世代を片脚だけ鎖の切れたプロメシゥスのような存在にしているから、両性の友情の条件も実に波瀾重畳の趣である。男と女とのつき合いはまだまだ特殊な目で見られているのだから、どうしても、一方には責任を負わないことをそのたのしさとして求めている両性の遊びがあり、まともな結婚の対象ということになると、それらの友達の間からではなく、もっと保守な面から選ばれるという奇妙な現象が近来増して来ているように思える。特に男の側からその態度がつよくなって来ていると見えるのは今日の世相のどういう反映というべきだろう。つまり友達としては向上心もあり、感受性も活溌で、幾らかはスポーティな、いってみれば手ごたえの鮮やかな女性を好む若い男たちが、いざ結婚のあいてを選ぶとなると案外そのようなタイプとは逆の、いわゆる家庭的と総称されて来ている娘たちの方を妻として安心に思う消極性によってしまう。
 この一事においてさえ、若い女性の人生への念願とはすでに喰いちがうのである。今日いくらかでも女の一生の意味を考える若い婦人たちは、いわばさっぱりと友達として女性につき合うことも知っている男性、女に向えばオイ! という声が喉に湧いて来るような習性をもっていない男の中から、できることなら良人も発見して、お嫁入りではない結婚と呼ぶにふさわしい生涯の歩み出しを願っている。女性として社会に求めている積極の面で働こうと欲していると思う。それだのに結婚の対象を選ぶときには男の心が保守となり、そのことでひいてはこれまでの友達としてのつき合いも女性の心の自然からいつとはなしにたたれることにもなる。
 友情といわれるごくひろい気持の上で経験されているこのような相剋は、女性がますます社会的な活動にひき出されて来ている今日、若い世代の生活感情にとってあるいは時代的な不幸としての性格をもつものではないかと思う。実生活の困難がますます加わって来るにつれて、男
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