ッと首をあげて一つとこを見つめながら二人の話をきく目の中には悲しみと怒りがもえて居る。うつむきにねころんで居たのを右の手を台にして横になる、耳をすまして首が一寸かたむいて居る。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
第一の精霊 だが及ばぬ事じゃ、いかな物ずきでもしわくちゃなはげおやじに……ウフフフフフおかしい様な気もするワ、いい年をして子の様な精女の姿にうなされるとは――はかりきれない美くしさをもって居ると見える。
第二の精霊 若さと美くしさの盛の年をして居るペーン殿のこの頃の眼の光りをお主は気づいてござるか? わしのすばしこい眼の奴は、ちゃんと見ぬいてしもうたワ、恋のやっこになってござるとナ。云うまでもなくシリンクスの肌のしなやかさをしとうてじゃ。
第一の精霊 アポロー殿がとび切りの上機嫌の今日でさえ嬉しがりもせず笑いもせなんだものと云う謎はとけたワ。ペーン殿は、年がまだ若いワ、髪が房々としなやかで頬は豊かで――うらやましい事じゃ、今はなやんでござっても末の日の望はあるワ。
第三の精霊(ひくくうなされてうなる様に)私も同じ事でなやむのじゃ。ペーン殿には末の日の望があろうが私は、ただ無駄になやむばかりじゃ――。――ただ無駄に――
第二の精霊 オヤ、若い御仁は何と云いなされた?――同じ事でなやむのじゃとナ? とがめはせぬワ、無理だとも思わぬワ、じゃが、マ、ただながめるだけの事で御あきらめなされと云わねばならん様な様子をあの精女はして居るじゃ。
第三の精霊 ――
第一の精霊 だれでも一度はうけるあまったるい苦しみじゃナ。そのあったかい涙をこぼして居られる中が花じゃと、私達の様になっては思われるワ。私達が若かった時――お事位の時には幸いあの精女の様な美くしい女は居なんだからその悲しみもうすいかなしみであったのじゃ。お事の若い心にはあの精女はあまり美くしすぎたの…………
第二の精霊 ほんにその通りじゃ。美くしすぎたのじゃ世の中すべての男に――
[#ここから4字下げ]
第三の精霊はうなだれてあっちこっちと歩き廻って居る。まわりには何となく重い気分がにじんで居る。
若い男は自分の老いた時の事を、老いた人達は自分の若かったことを思って居る。
三人ともだまったまんま木の間を行ったり来たりするうちに一番川に近い方に居る第二の精霊がとっぴょうしもない調子で叫ぶ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
第二の精霊 来る! 来る! ソラ、あすこに、私達の――
[#ここから4字下げ]
するどく叫んであとはポーッとした目つきで向うを見る三人の目が皆そこに集った。
白い着衣に銀の沓をはいてまぼしい様なかおをうつむけてシリンクスが向うの木のかげから出て来る。
かすかな風に黄金色の髪が一二本かるそうに散って居る。手には大理石の壺を抱えて居る。
何か考える様な風に見えて居る。
三人の精霊は一っかたまりになって息のつまる様な気持で一足一足と近づいて来る精女を見て居る。精女はうつむいたまんま前に来かかる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
第一の精霊 もうお忘れかネ、美くしいシリンクスさん。
[#ここから4字下げ]
少しふるえる様な強いて装うた平気さで云う。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
精女 マア、――何と云う事でございましたろう、とんだ失礼を、――御ゆるし下さいませ。
[#ここから4字下げ]
しとやかなおちついた様子で云う。そしてそのまんま行きすぎ様とする。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
第二の精霊 マア、一寸まって下され。今もお主の噂をして居ったのじゃそこにソレ、花が咲いてござるワ、そこに一寸足をのして行っても大した時はつぶれませぬじゃ、そうなされ。
第一の精霊 ほんにそうじゃ。お主の細工ものの様な足が一寸も休まずに歩くのを見ると目の廻るほど私は気にかかる――
精女 いつもいつも御親切さまに御気をつけ下さいましてほんとうにマア、厚く御礼は申しあげますが急いで居りますから――この山羊の乳を早くもって参らなくてはなりませんでございますから――
第一の精霊 お急ぎ? それでもマ年寄の云う事は御ききなされ。
精女 お主様がさぞ御まちかねでございましょう。私は早う持って参じなければならないのでございます。
第二の精霊 ここに居る三人は皆お主をいとしいと思って居るものばかりじゃ故お主の御怒にふれたら命にかけてわびを叶えてしんぜようナ。
[#ここから4字下げ]
この間第三の精霊は木のかげからかおだけを出して絶えず精女を見て居る。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返し
前へ
次へ
全7ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング