プロレタリア・農民の解放運動の国際化とともにプロレタリア文学理論上、技術上の問題が国際化して来たばかりではない。
 プロレタリア文学における主題の多様性の一部として国際的主題が現れはじめた。
 脚本では、すでに村山知義の「全線」「勝利の記録」などがある。詩は、多くパリ・コンミューン、ソヴェト同盟の「十月」その後の社会主義建設、朝鮮、中国の同志についてうたった。小説に橋本英吉の「市街戦」、村山知義の短篇小説、報告的旅行記として勝本清一郎の「赤色戦線をゆく」、中條百合子のソヴェト同盟に関する種々の報告と作品。藤森成吉の「転換時代」は、主題に対して、一層の拡大を予告している。
 これまでの国際的主題を扱ったプロレタリア作品は大抵中国又はドイツ、ソヴェト同盟各一国を中心として国際的に観察していたところが「転換時代」で、作者は地図入りの前書中に云っている。「ヤング案のドイツと五ケ年計画のロシアと恐慌日本とソヴェト支那と朝鮮等を背景に、戦後世界資本主義の第三期、大恐慌、大建設、対立激化、ファッショ化、革命力の昂揚などを描破しようと企てた。」
 ――新世界の黎明として今日の世界を描こうと予告されているのだ。

          四

 一遍でも外国へ行った作家は、こういう思い出を持っていはしないだろうか。
 外国暮しの或る日、激しく全世界の動きというものを身辺に感じ、何か立ちどころに、世界を掌握したような国際小説が書けそうな、少くとも書いて見たい衝動を感じたことがありはしないか。ブルジョア作家でも恐らくそうだろう。まして確然とした世界観をもつプロレタリア作家が、遠く島国日本の客観情勢を展望し、中国の新興力を鳥瞰図的に把握し、しかもソヴェト同盟における大建設の地響きを足に感じながら目前に大危機を経験しつつあるドイツを見ているとしたら大小説を書きたくならない方が不思議なくらいだ。
 熱情は藤森成吉をとらえた。
 一種の熱情は前書にあふれている。ところで、「転換時代」第一部がわれわれに与えた実際の印象はどうだろうか。総体的な不満だ。
 ふかい、ひろい不満だ。上手とか下手とかいうのと違う。
 前書によって、われわれはこの小説から強烈に世界の動き、熱、匂いをぶっつけられるだろうと思ったのに、だんだん読んで行って見ると、違うものがある。ベルリン在住の「労働者と一緒にいないと、どんなに淋しいものか」と痛感する佐々木をこめて一群の日本人が集まって個人的な問題を中心として議論したり、居住の地域を問題にしたり、宿主とケンカしたり、引っ越したり、一人の仲間が引っ越すとその仲間が遠い郊外の引越先まで行って見て、古い党員の下宿主からリンゴを貰って皮ごとカジって「何て同志的な雰囲気だ!」と感じたり――
 もちろん、そればかりが書かれてはいない。第二回世界ピオニェール大会のことも、ドイツの選挙のことも書かれているのだ。が、革命力の高揚しているドイツの情勢はその情勢だけ切りはなして説明的に描かれ、日本人群の日常生活の描写のうちへ滲透し、盛込まれ、不分離な力としては書かれていない。
 読んだあとの印象では、従ってドイツ・プロレタリアート・農民の巨大な燃える攻勢というものは消える。かえって、かたまり、うるさいほどに互の日常生活に口を入れあって、忙しい人間同志なら二の次、三の次になる問題を論議している一団の日本人の理屈っぽくて非現実的な生活だけが浮びあがるのだ。
 作者は、「その観点や構成は全部唯物弁証法的に意図した」と前書でいっている。
 決して、どうでもいいと書かれた作品ではない。そうとすれば、この巨大な主題を、唯物弁証法的にこなすこなしかたに、或いは主題の唯物弁証法的把握そのものに何かの不足があったことは明かだ。
 これは非常に有益な、興味ある穿鑿《せんさく》だ。何故なら、中條百合子がこの間うち『改造』にソヴェト同盟の紹介小説「ズラかった信吉」を書き、未完だが、やはり唯物弁証法的方法の点で失敗している。筆者は、ソヴェト同盟の大建設が世界プロレタリアート・農民にとってどんな意義をもつものかを書くのに、目的の大衆性に適応した物語りの形式を選ばず、小説の形で、信吉という人物を、主題に対して非唯物弁証法的に出している。

          五

 周密な用意と研究を必要とすることだが、「転換時代」にあらわれている唯物弁証法的把握上の失敗は、先ずどこか機械的な点で目立つ。
 書かれた点からだけ見ると作者は、こう考えたように見える。資本主義第三期の世界を書くのに、社会的に大きい事件ばっかり書くのは間違っている。あらゆる日常的な、些末なことがそれぞれみんな主題と関係している。又、積極的な面だけが重要ではない。消極的な部分も洩らされてはいけない、と。
 酒井とその宿主の婆との衝突、エ
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