に、
 ――ピムキンなんかかまうな。
といった。
 ――気がふれてるんだ。
 ――……誰かあ、いってたぞ、ピムキンがパルチザンだったってのはつくりごとだ。ただ脱走して、森んなかへかくれて、兎うったり、人間うったりして生きてただけなんだって。
 ペーチャは、しかしもうアグーシャに答えず、テーブルのあいたところへ一枚の石版刷の絵をひろげた。アグーシャは、両肱つき腹を押しつけて、パイプをふかしている詰襟服の、髪の濃いスターリンの顔を眺めた。
 長靴をはいたまんまグレゴリーはペチカの下の床几に横んなっている。横んなったまま流し眼で絵を見た。
 ――そんなの、なんぼだ?
 ――三カペイキだ。
 ペーチャが、まいた画をもって、出かけようとした。
 ――どこさいく?
 ――「文盲打破《リクベス》」だ。
 村ソヴェトの建物とは反対の、小さい池のよこに、木造の辻堂みたいな教会があった。一九二六年の旧復活祭に、屋根のてっぺんの十字架へ繩がかけられ、村のピオニェールとコムソモールとが、笑いながら力を合わせて、
 一《ラズ》! 二《ドゥワ》!
 一《ラズ》! 二《ドゥワ》!
と、その綱を地面の上からひっぱった。まわりで、村じゅうの者が、犬まで後足を池のピシャピシャに踏み入れて上を見ていた。十字架は春の陽の下でひっくりかえって、ズルズル屋根をこけた。
 そのとき隣村から来た青年共産主義同盟員女子《コムソモールカ》のイリンカが、
 ――そこ! そのまんまで!
 ファインダーをのぞきながら盛んにその辺を歩きまわり、ピシとシャッターを動かして、
 ――|よし《ガトーワ》!
 さっと村の群集に向って片手を振った。
「反宗教者《ベスボージュニキ》」にビリンスキー村農村通信員として、その事件の報告が二ヵ月後に掲載された。写真は出なかった。
 コムソモール・ヤチェイカへやって来たイリンカは、いつもより一層赤い顔して、ほんのり若々しいわきがのにおいをさせながら、
 ――だけんど、私、ちゃんと書いてある通りにやったんだよう。
 十五カペイキの「写真愛好者のために」というパンフレットと乾板とを、みんなにのぞかせた。
 ピムキンは、ニキータの肩越しにすすでいぶされたように真黒なモヤモヤだけ浮いてる乾板を眺めた。そして、気持わるく黄色い年齢も何も分らず皺だらけな自分の顔のさきで、げんこをふりながら呻った。
 ――ほ
前へ 次へ
全20ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング