。バルザックはこれらの輝きある作家たちが、所謂現世の悪に穢されぬ崇高な本性を人間に見ようとしてそれを描こうとした、その人間の本性をさえ金に支配されずにはいられない現実をパリの場末町の散歩にまでも目撃せざるを得なかった。無財産で、しかも金が万事である世間を大きく渡ろうとする彼には金がいる、金をとるためには書かねばならない。書くとすれば、バルザックには一八三〇年代四〇年代のパリを中心として煮えたぎった生活経験しか有りよう筈がないではないか。
テエヌは、バルザックが人類史を知らなかったから自分の生活した時代だけを特別憎悪すべきもののように思っていたと言っている。私達は、然し、そのことを又別様に考える。バルザックが、人類史を知らなかったこと、そのような本を積上げた祖父の大書庫などはないバルザの家に生れたことこそ、彼がその文学的成功においても、破綻においても、全く当時としてのリアリスト[#「当時としてのリアリスト」に傍点]たり得たことの基因であったと観るのである。
バルザックには「理想主義がなかった。彼が偉大な作家であったに拘らず、当代の人々に完全に評価され得なかったのは、彼が精神的な指導者
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