ぬベルニィ夫人の手によってバルザックの目の前に開かれた。
 若い情熱的なオノレ・ド・バルザックは社会的には古く、而も彼の感覚には新しかった社会層との接触によって殆ど陶酔的に亢奮したらしく見える。二年前彼が二十の時、レディギェール通りの屋根裏部屋から愛する妹のロオルに切々と訴えた二つの希望「有名になって、愛されたい」という大きい希望に今やもう一つの、更に困難で、投機的ないかにも当時らしい性質をもった大望が加えられた。それは、「自分も金持になって[#「自分も金持になって」に傍点]、貴族になりたい[#「貴族になりたい」に傍点]」という願望である。一八三〇年前後のパリがそれを中心として二六時中たぎり立っていた「成上り」の慾望と焦心がトゥール生れの彼をもはっきり掴んだのであった。
 バルザックは、熱中して金儲けのことを考えるようになった。貴族になるどころか、満足に自活も出来ない当時の現状は彼を苦しめた。どちらかといえばバルザックより遙に実際的であったベルニィ夫人も、そのことは現実の必要な問題として、相談にのることを拒まなかった様子である。金を儲けなければならぬ。しかもバルザックは窮局において自分
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