を開いて、
「……こりゃ裁判所の呼び出しだ」
信吉に紙をかえした。
――裁判所?……冗談じゃねえ。何を俺がしたんだ。――ムキになりかけた。が、……畜生! 信吉は、その手を食うもんか! と手紙をいそいで畳んで上衣の内ポケットへ入れ、鳥打帽をつかんで室を出た。
アグーシャは、この親爺がどんな奴だかよく知らなかったんだ。ただ、この古い木造の家全体を管理している女が、絹織工場でアグーシャと一緒だもんで、信吉をここへ世話してくれた。
モスクワは古い町なのに、革命からこっち政府が引越して来たんで、住民は殖える一方だがとても住居が足りない。政府は補助金をどっさり出し、職業組合の共同住宅はドシドシ建つがまだそれでも足りない。
だから靴職ミチキンや信吉みたいな二重の間借人が出来る。信吉は入道のもってる七尺に九尺ばかりのところを一月五ルーブリの約束で借りてる。親爺は、信吉に、
「この室は、音楽家が」
ヴァイオリンを弾く真似をして見せて、
「二十ルーブリで住んでたんだ」
と云った。住居は、ソヴェトでは殆ど全部が国有だ。借りては、自分の収入に応じて、家賃を払う仕組みなんだ。ふむ。そうなけりゃなんね
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