ね? そのスカート穿いた工場委員は?」
「判りきってるヨ。だって、そりゃ……判りきってる!」
 ボイラーに腰かけ足をブラくってるちび[#「ちび」に傍点]のアーニャがせき込んだ。
「外国人て、どうせブルジュアか社会民主主義者じゃないか、恥だわ。階級の敵だよそんな女!」
「――奴等あ、それに、とても素敵な写真機械をもってるんだ。歩きながら写しちまうんだ。パチリ! すんじまう。……俺あ見たことがあるんだ」
 驚歎と憎悪とを半々に浮べた眼付でノーソフが云った。
「そして、新聞へ出すんだ。例えば、ソヴェトの哀れな労働者は社会主義国に暮しながら、毎朝こんな混み合う電車にのって、工場へ通わなければならない。そう書いて出すんだ。……国防飛行化学協会《オソアビアヒム》のクラブ図書室へ行って見な、あるぜ。そのイギリスの新聞が」
 みんな黙った。暫くすると、キャラメルの唾を吸いこみ吸いこみ、
「フン!」
とアーニャが顎をつき出した。
「じゃ大方イギリスの資本家は、さんざっぱら合理化してチョンビリ残した労働者を一人一人馬車へでものっけて運んでるんだろ!」
 ワハハハハハハ。
「でかした小母ちゃん!」
「ついでに一つ英語でやってくれ!」
「――同志《タワーリシチ》!」
 鼻の頭へヨード絆創膏の黒い小さい切《きれ》をはりつけた男が叫んだ。
「俺あ云うね、その煙草工場での経験は、『労働者新聞』の大衆自己批判へ投書しなくっちゃならねえと。その女は、ただニーナというだけじゃなく、何の誰それニーナと書かれて、プロレタリアとして云うべきことと云うべき場所ってものがあるのを知らされなくっちゃならねえ!」
「――事実[#「事実」に傍点]はどうするヨ」
 グルズスキーがねちねち口を挾んだ。
「購買組合の棚は空だっていう事実[#「事実」に傍点]は、どうするよ。……お前ら空の小鳥に、家持ちの気持は分らねえんだ」
 膝を抱え、ボイラーによっかかって熱心にきいている信吉からは見えないところで別の太い声がした。
「事実[#「事実」に傍点]は大事だ。そりゃ、レーニンも云った。だが、そりゃ事実[#「事実」に傍点]でなくちゃならねえ。――われわれが餓えてる? 一九二〇年のソヴェトじゃ事実[#「事実」に傍点]だった。今日の事実[#「事実」に傍点]じゃねえ。食い物は確につめてる。その代り工業生産はわれわれんところ、ソヴェトで一年
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