いつ、党員かしら。――信吉は鞣前垂にきいた。
「お前、党員かい?」
「そうじゃない」
 手巻きタバコをくわえ、それにマッチをつけながら、
「党員の方がよかったか? ハッハッハ」
 いかにも、こだわりない声で笑った。みんな笑った。
「党員だけがいい労働者にゃ限らねえ」
 すると、わきの若い一人が、親指でその鞣前垂の広い胸をつっつきながら、
「これは、一九一七年の英雄だよ。この工場が『白』に占領されそうんなったとき、こいつは涙ポタポタこぼしながら樽のかげからつづけざまに『白』の〔十字伏字〕」
 鞣前垂のゆったりした全身にはどっか際だって心持のいいとこがあった。
 ジッと、潮やけみたいにやけた鼻柱と碧っぽい落付いた眼を見あげながら、信吉は、
「お前、何てんだ?」
と、きいた。
「俺?――ドミトロフだ。……わかったか? ドーミートーローフ。鍛冶部だ。二十年働いてる。お前が知り合いになった男が、『飛び野郎』じゃねえことだけは確かだよ」
 五ヵ年計画で、あっちこっちへ工場が建ち、特に熟練工はソヴェト同盟じゃどこでもひっぱり足りない。
 そこで、一部の労働者が、一つの地方から一つの地方へ、三ルーブリでも賃銀の高い方へ「飛んで」行く。職業組合はそのために予定が狂って、ひどく迷惑してるんだ。

        三

 鉄片の先のトンがった方を電気|鑢《やすり》へかまして、モーターを入れると、ツイーッ!
 忽ち深い螺旋がついちまう。
 ホラ来た。もう片方! ツイーッ!
 軽い、規則正しいツイーッ! ツイーッ! という響と鉄が強いマサツで放つ熱っぽい活溌な匂いとがいくつも並んだ台を囲んで仕事場じゅうに満ちてる。
 信吉は、コンクリの床から鉄片をとりあげちゃ鑢にかけ、調子よくやっていた。
「鋤」で働くようになってっから、信吉は満足だ。
 ソヴェトの労働者といったって、道ばたで煉瓦砕きをやってる連中とここの連中とじゃ、違う。先は、顔ぶれが日によって変ったし、第一みんな臨時にこんな仕事やってるんだという腹があったから、仲間同志も、仕事っぷりもどっか冷淡だった。従ってモスクワの張り切った生活をも道ばたから眺めてるような工合だった。
「鋤」じゃ全く違う。
 信吉が日に二百本余の締金を電気鑢でこさえることは、八百人からの労働者のいる「鋤」農具製作工場全体の仕事と抜きさしならず結びついてる。余分な人間
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