い小さい白雲が浮いてる。楡の枝が、横に張った古い板塀越しにサヤサヤ揺れてる。大きい楡の葉はもう黄色くなりかけている。
日本だったら、カナカナの盛に鳴く刻限、蝉もいないモスクワの中庭で、信吉はテーブルによっかかって、ペーチャの手許を眺めている。
ペーチャの親父は荷馬車ひきだ。おふくろはチブスで死んでいない。ピオニェールだ。ペーチャは赤い大判の紙をテーブル一杯にひろげ、そこへ鉛筆で作図しちゃ、鋏で切りぬきをやっている。
「……どうだったい? 魚とれたかね?」
信吉がきいた。
「余りいやしなかったんだよ、その河には。……でも一遍魚スープをこさえたよ」
モスクワ各区がそれぞれピオニェールの夏の野営地をもっている。ペーチャはソコーリスキー区の野営に一月行って、つい二三日前帰って来たばっかりだ。
「何匹とった」
「二匹」
「どんな奴?」
「……この位だ」
すっかり日にやけた雀斑《そばかす》のある手で、テーブルにころがってる鉛筆を示した。
「それを何人で喰ったのさ」
「十人ぐらいいたヨ」
信吉は思わずふき出した。
「どうしサ、みんなたっぷり汁をのんだよ!」
顔もあげず、ペーチャは赤い紙をきりぬきつづけてる。だんだん人間の横顔らしいものがハッキリして来た。
「――レーニンだね」
「うん」
襟のところでレーニンの顔と向い合わせの一つづきに、もう一つ別の顔をきりはじめた。――マルクスにしちゃ髯がない。
「そっちは誰だい?」
「リープクネヒトさ!――九月第一日曜の国際青年デーに、僕たちの級じゃ、とても素敵な、特輯壁新聞出すんだヨ。『鋤』じゃ何仕度してる?」
「鋤」でも、国際青年デーの大衆的デモに持ち出す音楽の稽古で、昼休みのクラブときたら、騒ぎだ。
今日も広間じゅうを這いまわって、男女のコムソモーレツたちがプラカートへソヴェト同盟ヲ守レ![#「ソヴェト同盟ヲ守レ!」に枠線]と云うスローガンを書いてた。
色つやのいい唇をキット引しめ、気をつけてカール・リープクネヒトの秀でた額際をきりぬくと、ペーチャは、二つつづきの指導者たちの像を、ちょっと顔から遠くへはなして眺めた。
満足そうにところどころ仕上げの鋏を入れながら、ふと信吉に云った。
「――お前何故コムソモーレツにならないのサ」
――テーブルによっかかったまんま、信吉の顔は目立たない程赧くなった。――そう云われて、す
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