場広場の大花壇のように星形でも、鎌と鎚とでもない。

 ピーター大帝は曲馬場横の妙な細長い広場で永遠にはね上る馬を御しつづけ、十二月二十五日通りの野菜食堂では、アルミニュームの食器の代りに、白い金ぶちの瀬戸の器をつかっている。ドイツ語の小形の詩の本をよみながら黒い装いをした一人の婆さんがその野菜食堂の階子段の横に腰かけ片手を通行人にさし出していた。レーニングラードの乞食女である。

 兵営がある。兵営の下は黒っぽい水のゆるやかに流れる掘割だ。上衣の襟フックをはずした赤衛兵が一つの窓に腰かけてまとまりなく手風琴《ガルモシュカ》を鳴らしている。ソヴェト・ロシアの兵士は、ソヴェトに選挙された時、二種の委員をかねる権利を与えられている。入営まで職についていれば除隊後新たに就職するまで失業手当を支給される。親が例えば選挙権をもたないでも息子が赤衛兵ならば集団農場に加入を許される。
 手風琴を鳴らして赤衛兵が腰かけている窓の下の掘割を、ボートが一艘漕いで来た。ボートの中には二列に赤衛兵がつまって四人がオールを握っている。一人がギターを抱えている。
 その掘割は、牛乳なんかを入れる素焼壺をたくさん婆さんが並べて売っている橋の下を通り、冬宮わきからネ※[#濁点付き片仮名「ワ」、1−7−82]河へ通じた。

        スモーリヌイ

 ある日、一人の百姓婆さんが電車へのって来た。更紗の布《プラトーク》を三角に頭へかぶり、ひろい裾《ユーブカ》の下から先の四角い編上げ靴を出して、婆さんは、若い女車掌に訊いた。
 ――サドーワヤへはどう行ったらよかろかね?
 ――十月二十五日通りをのってって三月十八日で降りなさい。
 ――へ? 十月二十五日から三月十八日※[#疑問感嘆符、1−8−77] おらおっちぬよ、そんけ乗ったら、この年で……
 これは、革命後ロシアではいろんな町名が変えられ、それが大抵世界のプロレタリアート革命運動に関係のある年月日、人名などを揶揄ったレーニングラード人の笑話である。
 冬宮は、その旧ニェフスキー・プロスペクト・十月二十五日通りとネ※[#濁点付き片仮名「ワ」、1−7−82]河との間にある。
 革命第十一年目、六月の或る朝。朝日がまんべんなく冬宮前の広場にさしている。まだちっとも暑くない。軽い朝日を受けてこっち、ハルトゥリナ通りの方から一人、黒い書類入鞄を下げた女
前へ 次へ
全27ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング