。かなり広い池をのこりなく泳ぎまわって盛の藻の花をつきるまで取った。
茶色のくきの細くて長いのを首にかけて上った時、仙二は涙をこぼしそうに嬉しかった。
その経と茎をつなぎあわせて輪をつくってその間に池のまわりにさいて居る野の花をあみこんだそれを池のわきの木の枝にひっかけて仙二は見て居た。
見て居るうちにそれがあんまりわざとらしいのに気がついた。
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こんな事をして自分がしたとは知らなくってもいや味な事をすると思うかもしれない。
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仙二は丁寧にまたその輪をほぐした。
長い短かいのあるまんま花だけをそろえて、その元を細いしなしなの茎を持った花で結えた。
それを池から間もない所にある娘のうちの垣根にひっかけて仙二はにげる様にもとの草原に来てころがった。
昨日娘が池のふちを歩きながら、藻の花が欲しいと云って居るのを仙二はきいた。
「取ってやろうか」その時すぐ思ったけれ共大方はもう花弁を閉じてしまって居たので同じ取るんならあしたまだ花の目を覚したばっかりの処を取った方が好いと思って仙二は何となし胸のおどる様な気持でその晩は床に入ったのだった。
青い空とみどりの木の梢を見ながら娘が垣根に欲しがって居た花がひっかかって居るのを見つけたらきっと、
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あらまあ――一寸お祖母様あの花が有る事よ
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と云うに違いない。そうして背のびをしながら花をおろしてそれからどうするだろう。
仙二ははてしなくいろいろの事を思いつづけた。
しずかな中に思って居る事は仙二にこの上なく楽しいそして又それと同じ位悲しい事だった。
仙二は立ち上って娘の垣根の処に行った。
垣根に身をよせて中の様子をきき耳をたてて居た。
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早く顔を洗って来るものだよ。
だってお祖母様――まだほんとうに覚めきらないんですもの
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こんな事を云ってかるい声で笑うのが聞えると仙二は誘われる様に微笑みながら藻の花の茎を前歯でかんで一つ処を見つめた目はしきりに間[#「間」に「ママ」の注記]ばたきをして居た。
かなりの長い時間が立っても花の事は何とも云われなかった。奥の部屋で女中と笑って居る娘の声や箪笥のかんの音なんかが意地悪いまでに仙二の気をいらだてた。
首を一つふって仙二は垣根からはなれてどこと云うあてもなく畑の方に歩き出した。
畑地の足のうずまる様なムクムクの細道をうつむいて歩きながら青い少し年には骨立った手を揉み合わせては頼りない様に口笛を吹いた。
畑の斜に下って居る桑の木の下に座って仙二は向うに働いて居る作男のくわの先が時々キラッキラッと黒土の間に光るのや、馬子が街道を行く道かならずよる茶屋めいた処の子達が池に来て水をあびて居るのなんかを見て居た。
仙二のすきな歌も口には出て来ず、こないだの晩娘がうたって居た細かい節廻しの歌を思い出し思い出し所々間違えながら小声にうたったりした。
畑地に座って仙二は時の立つのを知らなかった。
もう午近くなった頃、向うの葡萄園の方からしぼりの着物を着た娘が女中と何か話しながら来るのを見つけた。
サーッと潮の寄せて来た時に仙二は頭があつくなった。いつもの通り桑の木影に前にもまして体をすくめて耳と目は三人分のを集めたほどさとく働いた。
娘達は仙二のかくれて居る桑の木から二三間左の細道を歩いてきた。
まっすぐな光りをうけてうす赤く娘の顔はのぼせて素に着た海の色の着物から頸がぬけた様に白く赤い帯は下の方で二つのみみをたらして結んであった。
いつもの通り名も分らない髪に結って白い籐のかごの中にしたたりそうな葡萄の房の大きいのをいっぱい入れて腕にひっかけて居た。
女中と笑うたんびにかなりそろった前歯がひかった。
仙二は娘の姿がかなり遠くなり高い声がごく極くなめらかに聞える様になってから立ちあがって、見えもしない雪踏のあとをたどる様にして家にかえった。
大切なものの番をして居る様に仙二はそれっきり他所に出なかった。
そうしたまんま仙二の目先に、はかないまぼろしの見えるまんまに日が立って行った。
絶えずチラツク若い心には魅力のあるまぼろしに、一日のうちに泣いたり眼には涙をためながらも微笑まされたりしなければならなかった。
辛い嬉しさは仙二の感情の全部であった。
一月ほど日が立つ間には、川で雑魚をすくって居る娘も見たし野原の木の下で小さくて美くしい本によみふけって居るのも見たけれ共、娘が一人で居れば居るほどその傍を通る時は知らず知らずの間に早足にいそいで居るのだった。
雨のしとしとと降って山々がポーッとして居た日に仙二は何心なく小さいうちから行きなれたたった一人ぼっちで住んで居る
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