東京にお帰んなさったのでねえ
[#ここで字下げ終わり]
何とはなしにこんな事を云った。
仙二は体中の血が凍るかとさえ思えた。だまって一つところを見つめて居て、やがていきなり立ちあがって縁に置いた花の束を取るが早いか大急ぎに走って池のふちに行った。
笑った様な面を見て堤をのぼって初めて娘に声をかけられた処に座った。
火の様な涙をボロボロとこぼしながらコンモリとそろえた花をむしってはすてすてした。
ちぎられた哀れな花は青い水面を色どって下へ下へと、末のわからない旅路について行った。
涙にくもった眼でゆられゆられて居る花を見て居た仙二は一番最後の赤い小さい花を水になげ込んだ時手を延したまんま草の中に顔をうずめた。
草の葉のかげから弱々しい啜りなきの声はいつまでたってもやまなかった。
その日っきり仙二はそと出のきらいな人になったけれ共、月のきれいな時にはきっとわすれられない堤に座って夢の様にあわく美くしい思い出をたどった。
グースベリーの熟れる頃に――
仙二の心はこの一言を思う毎に重く苦しく、そうして微笑えまれるのだった。
グースベリーの熟れる頃に――
底本:「宮本百合子全集 第三十巻」新日本出版社
1986(昭和61)年3月20日初版発行
※1914(大正3)年3月27日執筆の習作です。
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2008年2月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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