いて居た。
人になれきったその馬の首を撫でたりカナカナと調子をあわせて口笛を吹いたり何とはなしの嬉しさが体の内におどりくるって居た。
池のくいによっかかって居た時池のすぐわきを二つの声がよぎって行った。
一つの声はまだ育ちきれない女の若々しさを持って早口に通る響をもってなめらかにいろいろの事を話し、一つの声は余裕のある生活をして居る年よりの声であった。
仙二ははじかれた様に振りっかえった。
切り下げの白っぽい着物の上に重味のありそうな羽織を着た年寄りのわきにぴったりとついて長い袂の大きな蝶の飛んで居る着物にまっ赤な帯を小さく結んで雪踏《せった》の音を川の流れと交って響かせて行く若い女の様子を仙二は恐ろしい様な気持で見た。
二つの姿はまがって大神宮の方に見えなくなった。
仙二はフットあたりを見廻してから口笛を吹き出して何のあてどもなく足元の花をむしった。
そうして何となく重い物を抱えた様にして家にかえった。
それから後毎日夕方になるときっとその二つの姿を見た、いつの時でも女はきっと赤い帯に雪踏をはいて居た。
二三日たった仙二は年寄は自分が先からもチョクチョク会う人だと云うのを知りその人達の住んで居る杉並木の奥にある平屋なんかも思った。
仙二はまだ見た事もない髪形や着物の模様を批評するよりただ珍らしいと思ってばかり見た。
その家のわきを通るとその娘の笑う高い声や戯言を云うのがきこえ夜の静かな中に高くて細い歌声がこまかくふるえて遠くまでひびいて居る事もあった。
高い張った声とはっきりした身なりは仙二がどうしても忘れる事は出来なくなった。
一言自分のために――
こんな事も思って娘のあの早口さを思い出したりしながらも昼間その家の前の一本道なんかで会うときっと道もない畑の中をわたって反対の方に行ってしまった。
おどおどしながら仙二はまだ若い娘が落ついた取りすました眼付をして平らな足つきで今まで来た道を一寸もかえないで行くのを不思議に思った。
歩く時いつでも右の袂の中頃をもって居るのが癖だと云う事を見つけて仙二はわけもなく可笑しかった。
その娘は村の人誰からも快くあつかわれた、そしてだれでもが、
お嬢さんとか、お嬢さま、とか呼んで居た。
仙二は朝早く起きるとすぐ池にとんで行った、そうして着物をぬぐとすぐまっさおな水面に水鳥の様に泳ぎ出した
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