な活動に立たせた力は何であったろう。日夜の過労の間に彼女の精神と肉体を支えている力は何であったろう。それは決して狭い愛国心とか敵愾心とかいうものではなかった。科学者としての自分の任務を、がらんとした研究所の机の前で自分に問うた時マリアの心に浮かんだものは、十年ばかり前のある日曜日の朝の光景ではなかったろうか。それはケレルマン通の家で、一通の開かれた手紙を間に置いて坐っているピエールとマリアの姿である。手紙はアメリカから来たものであった。瀝青ウラン鉱からラジウムを引き出すことに成功した彼らが、その特許を独占して商業的に巨万の富を作ってゆくか、それとも、あくまで科学者としての態度を守ってその精錬のやり方をも公表し、人類科学の為に開放するか、二つの中のどちらかに決定する種類のものであった。その時ピエールは永年の夢であった整備された研究室の実現も考え、また夫として父親としての家庭に対する愛情から、いくらかの特許独占の方法を思わないでもなかったらしかったが、結局は彼ら夫婦を結んでいるまじり気のない科学的精神に反するものとしてそのことを放棄した。わずか十五分の間にそうして決められた自分たちの一生の
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