ち。ほかの日には書斎のカーペットがすり切れているほど机のぐるりを歩き廻って、朝九時から夜中まで仕事しているカールも、日曜日ばかりはイエニーと子供たちとの完全なとりこになった。カールは子供たちが小さかった時、こういう散歩の道みちに無尽蔵の即興お伽噺をきかせてやった。一人の娘をカールが肩車にのせ、もう一人の娘をW・リープクネヒトが肩車にのせ、息の切れるほど駈けっこをする「騎兵遊び」はマルクス家専売の大人と子供の遊びであった。娘たちが大きくなってからは、彼女たちのシェークスピアの詩の暗誦仲間であり、バーンズの共同の愛好者であった。初孫のジャンがいたずら盛りとなってからは、このジャンがマルクスの最も愛すべき支配者となった。エンゲルスとリープクネヒトが馬になり、カールが馭者台になった。小さなジャンはこの三人の偉大な社会主義者の上に跨って彼の可笑しい国際語で叫んだ。「ゴー・オン! プリュ・ヴィット! ハラ!」(進め! もっと早く! ハラ!)。額から汗を流して遊び戯むれる「大きな子供」のカールをイエニーはわれを忘れて見とれた。直情径行で妥協ぎらいで廉潔なカールは、イエニーから見れば本当に巨人的な子供
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