係で、彼は一種のファミリー・フレンドとなっているのであった。
資生堂で、女中が命じられた買物に入った。外の飾窓の前に立ちながら、佳一は、
「お母さまは?」
と楓にきいた。
「おうちにいらっしゃるの?」
「うん、いらっしゃるの」
「楓ちゃん、お家まで送ってって上げましょうね」
丁度彼等の目の前を、真っ赤な着物をきたサンドウィッチ・マンが通り過ぎた。楓はその方に気をとられ、佳一のいったことには返事しなかった。
女中が、
「では、ちょっとお待ち下さいまし」
と小走りに台所口へ廻る。それにかまわず、佳一は、楓を先に立てて庭へ入って行った。あまり広くない地面に芝を植え、棕梠《しゅろ》の青い葉が、西洋間の窓近くさし出ている。窓は開いて、ピアノの途切れ途切れの音がした。
「おかあちゃま、ただいまア!」
楓は、サンダルのつま先立って、窓の内を見上げ、芝生から叫んだ。
「おかえんなさい」
佳一は黙って楓の体を窓の高さまでさし上げてやった。楓は両手を振廻して喜んだ。
「ワー、見てよ、見てよ、おかあちゃま」
「あら!」
桃色のかげにある佳一を見つけ、絹子は、いささかきまりの悪いような顔でピアノの前から立って来た。
「いらっしゃい。ちっとも知らなかったわ、いやあね、いきなりそんなところからお覗きんなったりして、さ、どうぞ」
窓枠へあちら向きに楓をのせたまま、佳一は、傍のイタリー風の大硝子扉から室内へ入った。
「暫く」
「本当に暫くね、お姉さまの方もお変りなくて? 私どこへもすっかり失礼しちゃっているのよこの頃」
「相変らずでしょう。僕もこないだうちちょっと忙しかったんで行きませんけど」
「――この前お目にかかったの、いつ? 聖マルグリットの音楽会のときじゃなかって?」
「三月経ちますね」
「早いこと」
楓の体をおさえて絹子も窓枠によりかかっている。おかっぱの娘の小さいぱっとした桃色と、絹子の黄がかった単衣姿とが逆光線を受け活々《いきいき》した感じで佳一の目を捕えた。
「榎氏もお変りなしですか」
「え、ありがとう」
大きい眼と唇に一種の表情を浮べながら、
「あのひと、いつだって鉄騎士《アイロンナイト》よ」
「お出かけ?」
「ええ」
榎は、商用でフランスへ半年ばかり行って来た。帰った当座は、絹子を連れて晩餐をたべに出かけたり、若い者を招んで、ダンシング・パアティを開いたり
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