部屋がきまって二階へ上って行く。その途中でボーイに、
「あの男を知っているの? ここのもの?」
と、きくとボーイは逆に妙な顔をして、
「ヘエ? あなたのお知り合いだと思ってましたが、そうじゃなかったんですか」
と云う次第だ。
窓からみると外は小さい公園だ。
並木がある。下にベンチがある。傘をささない男が一人ノロノロ雨の中をやってきて、そのベンチに腰をかけた。ベンチはもちろんずぶぬれだ。男はややしばらく腰をかけていたが、また先へ歩き出した。
雨はひどくなってアスファルトの上へ雨あしをはじいている。賑やかな街の灯は高い家々の間から公園の向う、男が歩いて行った方とは逆の方に輝いている。
明日はメーデーだ。
ポーランドのメーデーはどんな風だろうか、わたしたちはその前年の五月一日にモスクワのメーデーをみた。
夕飯をたべてから、わたしたちはホテルの帳場へ行った。金モールのおしきせをきた男が、帳場の中に立っている。その男に聞いた。
「明日、メーデーのデモンストレーションはどこであるか知っていますか」
金モールのおしきせは丁寧な調子で、
「興味をお持ちなんですか」
と、云った。
「ええ、是非みたい」
「きけんです」
「どうして?」
「だってあんた、メーデーなんかに行列する奴はみんな社会主義ですぜ。泥棒だの、かたりだのだ。いつだって行列が無事にすんだことはないんです。怪我人があったり、人殺しがあったりします」
まあそういうこともあるだろう、けれども、それは行列に立った労働者たちが自発的にやるメーデーの余興ではないのだ。反動団が暴れ込んでデモをぶちこわそう[#「デモをぶちこわそう」に傍点]とすることから起る。それを、社会主義にかこつける。ピルスーヅスキーの手腕も馬鹿にはできない。わたしは思わずニヤついた。
「大丈夫ですよ。あたしが殺される心配はまあないから、どこにあるか教えて下さい」
「ウーム」二度ばかり唸ってから、やっと教えてくれた。
劇場広場という所にあるのだそうだ。
「ここから遠いんですか、そこは?」
「いいえ、そう遠くはありません。ですが悪いことは云いません。メーデーなんかに近よるのはおやめなさい。ほんとうの正直な人間の祭がもう四五日するとあります。それは、ほんとうの正直なポーランド人の行列だからその時御覧なさい」
あらましデモンストレーションが行われる時間
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