頭で時に教授より暗記しているおかしいやつ!
 学生たちは、互に幼稚園時代から共学でやって来てる。一緒に働き、遊び、男の子たちは、女の子がヒステリーを起して卒倒するのから、学生大会で、雄弁をふるうのまで見てる。男の子が、どんなに確《しっか》りしてると同時に妙な奴が時々あるか、女の学生だって知ってる。
 工場で一緒に働いていたものだって、ここにはいる。
 今日は、前週出した、インドにおける綿花生産の消長と英国資本主義との関係に関する学生の研究報告の批評があった。この仕事を学生たちは、三組に分れ、集団的にやったのだ。
 ワーニカはターニャとは別の組に入った。ターニャはちぢれっ毛のイリーナや、氷滑選手のワーシカなんかとやった。
 授業時間がすむと、ちぢれっ毛のイリーナとターニャはつれだって図書館へ行った。ワーニカは飯を食わなけりゃならない。
 構内の学生食堂で、キャベジ・スープをたべてると、赤い襟巻をしたマトリョーナがやって来た。
 ――ここあいてる?
 ――ああ。
 ――ワーニカ! マクシムを、こんど一般委員会で批判しなくちゃ駄目だ。あの男、こないだの遠足の明細書をまだまだ学級経済委員へ出さないのよ。
 ――ふーむ。お前注意してやれ。
 マトリョーナは黙ってたが、いきなり、ジャガ薯を頬ばりながら、
 ――全く我々の親たちは無自覚だ!
とうなった。今度はワーニカがだまってる。
 ――私、戸籍登記所《ザグス》で改名する!
 ワーニカは、マトリョーナの赤い頬っぺたと、そこへおちてる金髪を眺めた。
 ――マクシムに私注意した、もう。でもあいつがそれをきかない訳知ってる? マトリョーナだからさ! 私が。
 ワーニカは思わず笑い出し、だんだん大きな口あけて笑った。
 ――これから、どこ行く?
 マトリョーナが立ちあがりながらきいた。
 ――五時からピオニェールの区分隊だ。
 ワーニカはつれ立って食堂を出た。
 分隊の仕事は八時ですむだろう。それから映画見にターニャを誘おうか? ワーニカは、考えながら雪道をトウェルスカヤ通の方へ歩いてった。[#地付き]〔一九三一年四月〕



底本:「宮本百合子全集 第九巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年9月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本「宮本百合子全集 第六巻」河出書房
   1952(昭和27)年12月発行
初出:「新青年」
   1931(昭和6)年4月号
※「――」で始まる会話部分は、底本では、折り返し以降も1字下げになっています。
入力:柴田卓治
校正:米田進
2002年10月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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