ってはいられなくなる。私はYを呼ぶ。
彼女は、縞の、シベリア鉄道でアメリカ女がそれを見て蔑視したところの、厚ぼったい、男もの見たいなうわっぱりの中から、私を振向く。私は多くの賢いこと愚かなことをとりまぜ、しゃべり出す。やがてYも椅子を向けなおし、彼女の常戦法である「違うよ、そうじゃあないさ」をもって進出してくる。それから後、我々がどんなに、どんなことについてしゃべるか――ホテルの薄緑色の壁ばかりが知っている。
この時、ホテルの廊下の隅の女中《ゴールニーチナヤ》のところでけたたましくベルが鳴った。戸棚の前で、女中は印度の詩人の室に撒く南京虫よけ薬を噴霧器に移した。女中はそれを下へおき、日本女の部屋の閉った扉を通って隣室へ行く。
三分後、白前掛をかけ、鼠色シャツを着た海坊主のような食堂給仕が、手すりにつかまり二段ずつ階段をとばして下から登ってきた。彼は若くない。肥った。息が切れる。新しくないサルフェトカで風を入れつつ六十二号、日本女の隣を開けた。ホテルにはプロフィンテルンの代表者が一杯泊り込んでいる。あちらにも代表員《デレガート》! こちらにも代表員《デレガート》! 代表員《デレガート》は長靴のまま長椅子に寝る。代表員《デレガート》の食事はただである。平常はテーブルに白い紙をかけ、色つけ経木造花で飾ってあるホテルの狭い食堂は、代表員《デレガート》がいる時食卓に本ものの布のテーブル掛がかかる。きちんと畳んだ新しいサルフェトカと、いい方の、光って重い揃いのナイフやフォークがいつ行って見てもならんでいる。海坊主の給仕は大盆をかたげ、あるいは空手で絶えず白前掛をひらめかせ代表員《デレガート》の胃袋充填をして廻らなければならない。彼は不機嫌である。
日本女は、茶が飲みたくなった。日本女は扉をあけ、廊下へ半身だした。隣室の扉も開いている。各々食物を注文する数人のがやがやする声と、海坊主が「|宜しい《ハラショー》、|宜しい《ハラショー》」答えている声がする。ついに給仕が廊下へで、日本女が口を利こうとした時、追っかけてさらに一人の代表員《デレガート》が室内から叫んだ。
――|持って来い《ダワイ》、ナルザーン(炭酸水)!
――…………|承知しました《ハラショース》…………………
Yはモスクワ第一大学へ教授ペレウェルゼフの口元を見つめにでかける。ペレウェルゼフの頤はごましお髯
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