だ! それが遊びだ」
ゴーリキイには益々この男が気に入り、彼の話しぶりは、輝やかしい祖母さんの物語を連想させる程である。しかし、どうしてもこの男には気に入らぬところがあった。それは人々に対する深刻な冷淡さ、これが断然ゴーリキイの性分に合わぬ。しかし、ヤコヴはゴーリキイからお前は石だねと云われた時、ゴーリキイの心臓に注ぎ込まれて忘られぬ言葉を云った。
「おかしな男だな! 石[#「石」に傍点]と来たか?――だが、お前は石をも可哀想に思う人になってくれ。石もそれ相応の役に立つ。街なんか石で敷きつめる。どんなもんでも可哀想に思わなけりゃならない。砂だって――何だろう。その上に小さい草が生えるだろう……」
このヤコヴにゴーリキイはプーシュキンの詩を読んでやった。パリの物語を読んでやった。ヤコヴが、偶然ペルミ号にのり込んで来たシベリアの去勢宗教のところで働くことにきめ下船する時、ゴーリキイを誘った。
「俺と一緒に行かないか? 一言話せばあの鳩ぽっぼはお前もつれて行くぞ」
生気のない眼をした、ぐにゃぐにゃした感じの男は、ゴーリキイの心に嫌悪を生んだ。ヤコヴ・シュモフは、ゴーリキイの心に「穏やかならぬ複雑な感情を残して、熊のように体を揺りながら立去ってしまった。――」
秋、ヴォルガの河の水瀬が落ちる。船が通わなくなる。冬の屋根を求めて、ゴーリキイがもぐり込んだのは聖画工場の見習であった。
毎朝、番頭と一緒に寒い暁方の街を歩いて商店街からニージニの市場の陳列場の二階にある店へ通い、陳列場の土間を重く歩いている人々に向って、細い声を出して、利益をのべたてて聖画を買わせる。それがゴーリキイの役目なのであった。
「旦那、何か如何でございます? 聖像もお値段はいろいろですが、品は上等落付いた塗になっております。御注文も頂きまして、どんな聖人方でも聖母様でもお描き申します」
これはゴーリキイにとって恥しかった。客は犬でも見るように小僧のゴーリキイを眺め、やがて隣りの店へ行ってしまう。
「逃しゃがった! いい売子だよ!」
番頭が怒った。すると、隣の店からは軟かい、甘ったるい、うっとりさせる口上が流れて来る。
「手前共は、羊皮や長靴などの商いではございません。金銀にまさる神様のお恵みを御用立てるのでございます。これには、もう値段はございません」
「畜生! うまく百姓をたらし込んでい
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