鋭い賢い眼をした祖父の神は、常に人間の誤ちに目をとめていて、それを罰したり、こらしめたりするのが仕事の、威嚇的な形式的な神であった。祖父から朝夕の祈祷をおそわって、しっかり覚え込んでいたゴーリキイは、体を振り、甲高い声で祖父が祈るのを聞いていた。そして「祖父が間違えはしまいか、一言でも抜かしはしまいか?」と一生懸命跡をつける。たまにそういうことがあると、ゴーリキイの心に「人の失敗を喜ぶ意地のわるい感情を呼び醒した。」
「お祖父さん、今日は『満たすものなり』を抜かしたよ」
「嘘だろう?」不安そうに疑りぶかく祖父は訊いた。
「抜かしたんだよ!」
 ゴーリキイは宙で祖父が忘れた祈祷のきまり文句をとなえる。祖父は極りわるそうに瞬きしながらゴーリキイの記憶のよさを褒めた。やがて祖父さんは、こういう揚足とりに対しては何かできっとこっぴどくゴーリキイに仕返しをするのであったが、暫くでも祖父さんをまごつかせたことで、ゴーリキイは「凱歌をあげた。」
 これにくらべて祖母さんアクリーナの神は、何と親密で、人間のようで、苦痛を慰め、若返らす力をもっているものであったろう。祖母さんの神は、この世の中のことで分らないことと知らないことを持っている神であった。ゴーリキイは、少しびっくりして訊ねるのであった。
「神だって知らないことがあるの?」
 すると、祖母は静かに、悲しげに答えた。
「もし神様が何でも御存じなら、きっと、人間だとてこんなにどっさり悪いことはすめえ。神様は多分、天上から地上のおれ達皆を眺めて、時にはどんなに涙をこぼしたり、声をあげて泣いたりしなさるこったろう。『お前ら人間達よ、人間達よ、可愛い俺の人間たちよ! おおどんなに俺にはお前達が憐れじゃろう!』」
 こういう神はゴーリキイに近く、又わかり易かった。時々ゴーリキイが大人の醜い争いに義憤を感じて、例えばよその上さんが穴蔵へ下りたところを上から揚げぶたを卸して封じこめたりすると、祖母はゴーリキイの肚にしみとおるような言葉を優しく云った。
「いいか、レニーカ、可愛い子や。大人に混っちゃならねえ。お前、このことはしてはならねえことと自分で禁じるだよ。な、大人は損われた人達よ、あの人たちはもう神に滅ぼされた、だが、お前はまだそうじゃねえ――だから、子供の智慧で暮しな。誰がどんなにわるかろうと、それはお前のことじゃねえ」
 この活々と
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