を覗いている。マルーシャは労働者新聞に自分達工場の婦人デーの模様を書き、何とかして、この罪のない、おどけたアガーシャ小母さんの雪の上の踊り姿の写真を插画にしようと熱中しているわけなのだ。
 一汗小母さんがかいて自分の賞品のわきへどくと、音楽は一寸止み、今度は火花の散るような急調な舞踏曲がはじまった。踊り達者で名うてのオリガが、重い防寒靴をはいているとは信じられない身軽さで、つと輪の真中にでた。機械工体育部水泳選手のドミトリーが、今度は対手だ。本ものだ! 本もののソヴェトのプロレタリアの祝の踊りである。
 ニーナは、ほれぼれするような二人の踊りっぷりを見ているうちに、我知らず自分もまだ春の遠い三月の雪の上で楽しい婦人デーの足拍子をとった。――

        夜

 小さい鏡が水道栓の横の柱にかかっている。
 ニーナは、素直な栗色の髪に水をつけて、ゆっくりかきつけた。それから首のまわりを石鹸で洗って、籠の中から洗いたての白いブラウズを出し、ゆっくりボタンをかけて着た。
 ああ、一時間早く仕事をきり上げてこられると、なんというのんびりしたいい心持だろう! ニーナはつくづく思った。
 日暮れが早いからニーナの室には電燈がついているが、時刻にすればまだ四時そこそこである。今日の退け時ほど工場の出入口が陽気だったことはない。
 工場委員会は、各職場へ、特別婦人デーのための芝居割引券をどっさり配った。ニーナはそれを貰わなかった、というのは、今夜食糧労働者組合クラブに、婦人デーの催しものがある。ナターシャをさそって、ニーナはそっちへ行くつもりなのだ。
 電車の停留場まで出てみると、朝のせわしさとはうってかわった景色である。同じ毛織のショールでもよそゆきのをかぶり、祭日らしい身なりをした女が二人三人とつれ立って、電車を待っている。
 枝々に白く雪の凍った並木道の間を電車が走ってくるが、チラチラとアーク燈のつよい光りをあびるごとに、風にはためく赤旗が、美しく目立つ。
「労働宮」のわきを電車がまわるとき、ニーナはなんとも云えないよろこびで、三月八日[#「三月八日」はゴシック体]と大きく輝いている赤色イルミネーションを眺めた。赤い光りはボーと屋根の雪までてりかえしている。
 電車の乗合も、どっかのクラブか芝居へ出かけるらしい労働婦人たちが多い。今夜は国際婦人デーだ。ソヴェト同盟じゅうの
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