ていて、受け口だ。鼠色フランネルのカラーに背広を着て、ベズィメンスキーが出て来た。そして次のような挨拶をのべた。
 今日は(一九三〇年三月十日)『プラウダ』も『イズヴェスチア』も第一面に、ソヴェトの最も功労あるマルクシストの一人であり、レーニン研究所長をしている同志《タワーリシチ》リャザーノフの光栄ある誕生第六十回記念日について書いている。われわれ、ソヴェトのプロレタリアート、生産と文化の建設に従事する労働者は、彼のような同時代人をもつことを、心からの悦びとする。幸、今夜は、この劇場の観客席で同志リャザーノフがわれわれの謙遜な努力、「射撃」の上演を見物していられる。この記念すべき機会に、どうか一言、同志リャザーノフに挨拶を願いたい。――
 ベズィメンスキーは、詩の朗読でよくねれた柔軟な響く声で云い終って、舞台から下の観客席へ向って腰をかがめた。
 拍手。拍手。見物は亢奮して拍手がやまない。後の観衆はリャザーノフを見ようとしてのびあがった。
 ベズィメンスキーが体をかがめた見当は、わたしの座席から遠くない。気をつけて前に並んでいる肩の間から眺めると、後頭部に白髪がのこっている一つの禿げた
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