変な気持になる。
そう云う心が二人の中に溝を掘りはすまいかと不安がるのである。
私の親しい只一人の友達が止を得ぬ事からその名を呼びずてにされて他人の用を足さなければならない境遇にあるかと思うと、涙もこぼれないまでに切《せつ》ない。
私はどうあってもM子の心を慰めてやらなければならない。
長い間の親しい友達として私は只手を束ねて傍観する事は出来ない事である。
親しい友達と云うものの心をつくづく考えて見れば、なまなかの兄弟よりもたのもしいものである。
幸福な境遇にあるものと、不幸な身上のものと、
よく斯うした友達同志は、はなれ易いものであると云うけれ共、不幸な人は幸福に暮す友からはなれられても幸福なものは不幸な友を見すてる事は出来るものではない。
よし見すてたとしても心をせめる或る物が有るに違いない。
私はM子に死ぬまでの友達である事を望むのである。
若しも――若しも彼の人が私からはなれる様な事があっても私だけは……と思うのである。
それがはたして行われる事かどうかは私にも分らない、只、今そう思うばかりである。
私はM子に願う事と云えば只自分の心に他人の足を踏込ませない様にと云う事ばかりである。
不幸な友を、幸福な身の上にあって眺める事も情ない辛い事である。
底本:「宮本百合子全集 第三十巻」新日本出版社
1986(昭和61)年3月20日初版発行
※1914(大正3)年10月27日執筆の習作です。
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2008年2月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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