体米国婦人の優越点を肯定した積りでございます。私は私共の持たない、若しくは持たされない権威の多くを所有する者、所有する価値ある者として、他意なく彼女等を尊敬致します。又自分等の将来に其等の権能を期待も致します。然し、私は、此からもう一歩進んで、其等種々の優越に就てもう少し深い省察を試みたいと思って居ります。其は私共に、或る力の存在の理論的価値と、実践的価値との間に何等かの逕庭の存する事、並びに、其等のより徹した運用に就て、何等かの教と暗示とを与えて呉れるだろうと思うからなのでございます。

        (其五)

 C先生。
 考えるべき問題は非常に多く又深刻で、或意味に於ては、私の知識の欠乏と貧弱さとを表白するのみに止まりは仕まいかと云う杞さえございます。然し、或程度まで私は自分の信仰に信頼致します。今自分の斯くあり度い、斯くあるべきだと思う理論的、或は道徳的理想は、其の裡に何等か心直接の響を持つ事を信じます。私が専念に真剣になった時、心に燃え上る焔の明るさに総てを委せて、此を書き続けるのでございます。
 私は先ず、第一米国婦人評に必ず附随する彼女等の「自覚」と申す事に就て考えて見ようと存じます。
 此の自覚と云う文字は、非常に広大な発展の基礎に成って居ると思います。人、及び女として自ら覚めた者こそ、始めて、彼女が人類の一員として奉仕すべき自他の関係を発見し、其に処する力を与えられます。先ず女人として深く力強く呼吸した彼女等が、社会の有機的存在の一員として、人格の独立の為に要求し把掴したのが、法律的並びに政治的権力で、其等を可能ならしめる為に、経済的自覚が著しく日常生活に複雑な影を投げて居るのでございます。
 然し、私共は、先ず何の為に此等の諸権能の享有と云う事が要求されるかを考えて見なければなりません、又何の為に其等が賦与されるかに就ても考えて見なければならないのでございます。此等政治的法律的権利を保有して社会生活の当面に人格的独立を宣言するのは、人格力のよりよき発展とより価値ある生活への誘導を、向上を宣言したと同様の事でございます。人格者としての一女性が、人類の希願へ、何等かの光明を投ずべく、其の自由な活動を可能ならしめん為に、其等社会組織の要とする諸権利を獲得し、又仕ようとするのでございます。喧しい婦人参政権の要求も、若し其が、単に男性が所有して居るのに、同じ人類である女性が賦与されないのは不公平だと云うその一点をのみ原因として要求するのならば、其は余り浅薄でございます。余り反動的動機でございます。其権利を獲得した事に依って、政界に新鮮が与えられ、よりよき暗示を施政者に与え得るが故に、要求されなければならないものではございますまいか。
 女性の自覚は、男性の所有すると同様のものを所有しようとする――一面から申せば何の改造も加えられない現状の模倣――であってはなりません。若し現今、男性の社会生活が認定して居る或権利でも、其の価値が低級である場合には、其の存在を否定する丈の見識がなければなりません。
 私共は落付いて、真剣に、人格的自由と云う事を考えなければなるまいと存じます。教養のない者の破廉恥は、教養ある人格者の同様の行為よりは道徳的責任が軽いのは自明の理論でございます。従って、総ての点に人格の独立的権能を保有する者は、其等の賦与されて居ない者より、其の生活に一番人格者としての責任を負うべきでございます。女性が人格者として社会的権能を所有する事は、よりよい叡智に依って、異性との協力的結果の価値を高める為でございます。人間の裡に在るべき叡智のよりよき、より自由なる発動の為に、飛翔の為に、其の機会を多数に、多種に拡張し保護する権能が要求されるのでございます。私共は其の道程にのみ終始するべきではございません。使用すべき権能に使用されてはなりません。如何程鋭利に研かれた小刀《メス》も其を動かす者の心の力に依って鈍重な木片となる事を私共は知らなければならないのでございます。
 斯様に考えて来ると、私共は、米国女性一般が果して、彼女等の権能を如何程までの反省を以て把持して居るだろうかと思わずには居られません。参政権を賦与された婦人の幾人が目下大統領を困らせ抜いて居る政党関係を知って居りますでしょう。
 女性の名誉と、経済的保障の為に制定された離婚訴訟に関する権利を、如何程の深い、価値ある態度で運用して居りますでしょうか。離婚後の扶助料を以て暗々裡に良人を威嚇しつつ同棲生活を続ける夫人連や、利己的の恥ずべき動機から離婚訴訟を起して、良人の心に致命傷を与えるのみならず、自分の魂にまで泥をかける或種の、数に於て多い夫人達がどうして自覚ある人格者と申せますでしょう。女性の人格者としての価値は決して、同じ昇降器《エレベーター》に乗合わせ
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