られては居りません。従って、彼女等は、尊敬すべき良人を守って、超然と立つ勇気も無ければ、放蕩無頼な良人をして涙を垂れさせる、尊き憤りもございません。従順と、屈従との差を跨き違える人間は、自分の何事を主張する権威も持たない薄弱さを、「私は女だから」と云う厭うべき遁辞の裡に美化しようとするのみならず、小溝も飛べない弱さを、優美とし「珍重」する(特に珍重という言葉をつかいます、何故なら、人間は、畸形な小猫をも、その畸形なるがために珍重致しますから)男性は、その遁辞を我からあおって、自分等の優越を誇って居ります。
 此等に気焔を上げてしまいましたが、とにかく、此の積極的という事は、万事に就て、こちらの婦人の強みになって居ると思います。良人の僅かな月給を、どうしたら一銭少く使おうかと心配するより、先ず、自分が幾何補助する事が出来るかを考えます。
 どうしたら怒らせまいかと思い患う前に先ずその一つ先の笑わせる事を考えます。
 彼等が生活というものを真剣に考える事は、我国の婦人の及ばないところだろうと思います。
 生活は彼女等にとって遊戯ではございません。生きなければならないと云う事は、片時も脳裡を去らない緊張を与えて居ります。
 其故、よく日本の人々の間に云われる、自動車を持って居ても下女は使わないという現象になるのでございます。元より自動車と云っても、日本のように単に贅沢者の玩具か、人敷道具として行われて居るのは外の国には類のない事でございましょう。こちらでは時間を倹約する唯一の道具として、極端に近く実際的に行われて居ります。
 斯うして並べて来ると、アメリカの婦人は、只良い点ほかないように見えるでございましょう。けれども、私は決してそうではないと思います。彼等にも欠点はございます。けれどもその欠点は多くの場合、彼等の長所を裏から見た場合でございます、私が今までに感じた事は、直覚の鈍い事、自ら与えられた権利に捕われて居る事、余り物質的なことと、群集的なこととでございましょう。
 彼女等の引緊った表情と、軽快な容姿と比較したとき、その直覚の鈍さは、時には滑稽の感を与えずには措きません。
 年中緊張して、笑う間にさえ尚心にゆとりを与えない彼女等の生活は、東洋人に特恵である直覚と対立した時、思わずも微笑させる余裕を作ります。
 社交的で、人をそらさない婦人も、発音が少しでも違うともうその言葉が分らない。思い上ったいい顔にも当惑の色を浮べて一寸躊躇する様子は可愛いうございます。
 一体こちらの婦人は子供のうちから、尊敬される習慣を持って育って居ります。擲り合て喧嘩をする腕白小僧も、一人女の子が入って腕をつかむと、嘘のように音なしくなってしまいます。其故、年をとるに従って種々の条件から加って来る自尊心は、法律的権利を獲得することによって一層強められて居ります。日本の婦人には与えられて居ない法律的人格が、彼女等には強い後盾となって居ります。勿論女性も人類である以上、人類の発達の為に備えられた、人が人の為に作った法律はこの当然の権利を女性にも与えるべきであり、要求すべきでございましょう。
 私は、自分の同胞が、余り惨めな法律的存在であるのを悲しく思うとともに又こちらの多くの女性が、自分等の善用すべき権利に却って駆使されるのをも見るに堪えない心持が致します。
 日本にもやかましく云われる、法律的な離婚問題、離婚と云う事は、この事自身既に充分悲劇的でございます。が、其等の原因が、彼等二人の真の生活を破壊するものである時は、法律的離婚は已を得ない事でございましょう。より善き、より純一な相互の生活の為に已を得ない事でございましょう。決して、あるべき事ではない。そしてそう云う場合に用いられる法律的権利は、最も慎重な反省と、深い理知的批判を経た後にのみ決定されるべきもので、単純な反抗心や、浅薄な優越を得たい為であってはならないのは勿論の事でございます。
 ところが、こちらでは、そう云う事件の場合、悲劇を一層悲劇的ならしめる結果が多いのは、どうしてでございましょう。
 一人の人間が死ぬことは、大きな悲しみでございます。
 その死ぬ一人が、又他に一人を殺すのは、恐るべき事ではございませんか?
 もっと具体的な例をとって申せば、一人の人が対手に愛を失ったのは、もう其で充分な涙であるべきでございます。其が、愛を失った上に、魂の尊重すべきをさえ忘れるのは、更に悲劇ではあるまいかと云う事でございます。
 離婚訴訟には、婦人の弁護士がつきます。そして、大抵の場合に婦人が勝訴になります。時には、良人が何等の悪意も蛮行もない場合に於てさえ婦人は訴訟して、勝つ事がございます。
 其は何故でございましょう。何故そう云う恐るべき冒涜が人間の魂に向ってされるのか? 此は、私が真個に心から
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