《かん》ばしさ、重さ、燦めきが堆団《マス》となっていちどきに感覚へ溢れて来る。静けさに満ち渡る崇厳――。
あらたふと青葉若葉の日のひかり
北方の五月は黄昏《トワイライト》がながい。もう太陽は河の彼方に沈んだ。燦めきのない残光が空中にあって、空を建物を人物の色彩を不思議に鮮かに浮きたたせる。市街は、オランダの陶器絵のように愛らしく美しい。ねっとりした緑の街路樹、急に煉瓦色のこまやかな建物の正面《ファサード》。車道を辷るシトロエンが夢のようなレモン色だ。女の赤い帽子、総ての色調《トーン》を締める黒の男性散策者。
人は心を何ものかにうばわれたように歩く。……歩く。葉巻の煙、エルムの若葉の香、多くの窓々が五月の夕暮に向って開かれている。
やがて河から靄が上る。街燈が鉄の支柱の頂で燐を閃めかせ始める。ほんの一とき市民の胸を掠めるぼんやりした哀愁の夜が、高架鉄橋のホイッスラー風な橋桁の間から迫って来た。
そういう黄昏、一つの池がある。ふちの青草に横わって池を眺めると、水の上に白樺の影が青く白く映っていた。花咲かぬ水蓮も浮いている。白鳥が一羽いる。むこうの丸木橋の下にいたが、こちら
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