ですよ。家庭の妻の負担は、本当にへります。御存知でしょう? 寝床つくりが一仕事なのを――ね」
そして、今度は細君が、一つの戸棚のようなドアをあけて、流し元を見せてくれました。一つの窓もない箱の中に、昼間の電燈がキラキラして、手をのばせば、万端の用事が済むように出来ています。何と能率的でしょう。でもまた、何と薬局めいているでしょう。ベッドにしても、それが開いて下りて来ると殆ど室一杯になって、本を読むせきもないようです。
丁寧に感謝して去りましたが、私の心にはその時から深い疑問が残されました。「人間の家族が、ほんとに人間らしく暮すには、どれだけの空間がいるものだろうか」と。
こういう空間の能率化は、何から考えられて来たのでしょう。人間の人間らしさを求めてのことでしょうか。決してそうではなさそうです。地代は平面で算出されます。其故、上へ上へと積上げた空間のそのまた平面を、最少限の面積で、最大限の能率に活かすアパートメント経営者の、才覚にほかなりません。そういう人間用の巣箱を「わが家」と呼んで、近代社会の何千万人が、せせこましい、律気な、名のない大衆としての生活を送っているのです。
日本の家――ヨーロッパ人が木と紙の住居と言って驚く日本の、弱い、こまかい、自然に対してそう無防禦な家々は、一つ一つと切りはなされ、乏しい一つ一つの「かまど」の煙を立て、しかも世界最新の物理力による破壊にさえ面しました。インドの人々の小屋。中国の最も進歩した世代の人々が、古き大地の第何世紀層かの洞窟ぐらしをしている不思議さ。今日この地球は、人間の発展のための矛盾や摩擦の諸問題にあふれています。そのままの姿が、住居の問題、建築の問題に映っていると思われます。
日本の若い建築家たちは、この人間の課題を、どう前進させ、解決していらっしゃるでしょう。一つの建物を、本当に人民の幸福を語るものとして持つよろこびを、どのようにして準備していらっしゃるでしょうか。
「建築家」という仕事が、単に石と木と泥と設計図だけの中にないことは、まことに自明です。
建築家の娘であり、作家であり、人間の幸福を切望する一人の婦人である私は、歴史のあたらしい発展者である〔九字分空白〕の道途に心からなる拍手をお送りいたします。
底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日初
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