きない泉のような悦ばしさ、照る日のような望みが糸の繍いめをくぐり出て、日々新たに王女の魂を満すのです。
不思議なことに、一本針の婆さんは、着物を王女に差上げると、そのまま姿を隠してしまいました。家の扉の錠前は赤く錆つき、低い窓には蜘蛛が網を張りました。部屋の中には、唯一枚、大きな黒|天鵞絨《ビロード》の垂幕が遺っているばかりです。然し、その垂幕には、此世でまたと見られそうもない程素晴らしい繍がどっしりとしてありました。
そよりともしない黒地の闇の上には、右から左へ薄白く夢のような天の河が流れています。光った藁のような金星銀星その他無数の星屑が緑や青に閃きあっている中程に、山の峰や深い谿の有様を唐草模様のように彫り出した月が、鈍く光りを吸う鏡のように浮んでいます。白鳥だの孔雀だのという星座さえそこにはありました。凝っと視ていると、ひとは、自分が穢い婆さんの部屋にいるのか、一つの星となって秋の大空に瞬いているのか、区別のつかない心持になるのでした。
お婆さんを見かけたものはありません。
併し、毎月、八日の月が丁度眼鏡の半かけのような形で、蜘蛛の巣越しにお婆さんの窓を照す夜になると、
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