た。
裏の小道を生垣沿いにかえりながら、私は何となしひとり笑えて来た。咄嗟《とっさ》に、自分のことにひきつけてあわてたような気持になったのが如何にも女房くさくて我ながら滑稽なのであった。
三四日してから、或る友達のところへ行ったら、主人は留守で子供もいず、がらんとした茶の間に栄さんがそこの七十のお婆さんと坐っていた。両方から、おや、と云い、ここで会おうとは思わなかったでしょう、と云った。それから二人でおばあさんにお辞儀をしてそこを出て、古本屋によったりしてバスまでぶらぶら歩きながら、私はふっと夜の電話の件を思い出して話した。すると栄さんはそういうときの癖で、一寸足を止めるようにして片方の手のひらをひろげ空をうつような恰好をしながら、在りますよ、ホラ、お寺へ出る迄に蕎麦屋があったでしょう、と私よりは永く住っていたその界隈を説明した。あすこの右側だったかでそういう表札を見かけたことがありますよ。でも、栄さんまでいるとはおどろいたわねえ。一体その栄さんて、どんな栄さんなんだろ、と栄さんが云うにつれて、私たちは思わず大きな体を折りまげてふき出した。どっちもまん丸な私たち二人には、どんな栄さんなんだろと云った途端、どんなことしても自分たちより大きい栄さんがあろうとは思えず、二人ながら何となく、それは小さい栄さんとうたの文句のような調子で感じ、それが又互に通じあったところに独特なおかしさがあり、歩きながらも猶笑えるのであった。
[#地付き]〔一九三九年十二月〕
底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
1953(昭和28)年1月発行
初出:「新風土」
1939(昭和14)年12月号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
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