人のほうばいと一緒に長い袂を肩にかついで下りて来るのが常だった。そしてその人達にとりまかれてお妙ちゃんの手につかまってみがき込んだ階子を一段ずつ歩みしめて上ってお妙ちゃん、御きいちゃん、御ゆきちゃんこんな人達の居る部屋に行った。天井から薬玉が下って畳に引くほど太いうちひもが色々な色に美くしく下って居る。どんな時に行っても白い小猫が緋縮緬の銀の鈴のついたくびわをはめてその時[#「時」に「ママ」の注記]にじゃれて居る。赤い八二重の被のかかった鏡台の前には白粉の瓶、紅、はけ、こんなものがなつかしい香りをはなして三つも四つも並べてあった。黒ぬりの衣裄には友禅の長襦袢や振袖やたまにはさぞ重いだろうと思う様な大変な帯もかかって居る事があった。こんな何となくうきうきした部屋にはいつでも日がよくあたって居た。ホカホカとした光線が柱によりかかって猫をじゃらして居る人の半面をすき通るようにてらしたり八二重の鏡かけが動きだしはしまいかと思うほどういて見える時には私はいつでも日のとどかないところからお妙ちゃんと二人で手をにぎりあってジーッと見つめて居た。
「東京の話してちょうだい」
私のコロッとした指を一本一本ひっぱりながらよくそう云った。
「話すよかもよっぽどつまらないとこだワ、こんな加茂川もなければ都踊りだってなし私東京よりよっぽどここの方がすき」青いたたみを見つめながら斯う云うのを、
「うまい事云うてなはる、そんな事云わんと教えてちょうだい」こんな事をみんなから云われて私はなるたけ奇麗なところところを選んで話した、「あんたは話しが上手やさかい――ほんまに目の前に見えるようや、そうやけ」こんな事を話をさせてはお妙ちゃんが云って居た。そんなにしゃべったりふざけたりしたのは三度ほど行った時の事で、始めてそう云う家に入った時の何となし嬉しい様な恐ろしい様な私は大形のメリンスの着物の袂をキッシリとつかみながら土間に立った。そこへかおを出したお妙ちゃんは、
「マアマアほんまにようきなはった早う御上り、まってたのやから」こう云って私の手をひっぱった。うしお染の横きりの細形の体にはたまらなく似合うのを着てまっかな帯をダラリと猫じゃらしに結んでチャンと御化粧がしてあった。こんな処で見るよりも倍も美くしい様子のお妙ちゃんにひっぱられたまんま三味線や鼓や太鼓のどっさりかけてある部屋を通った、そこには眉の
前へ
次へ
全14ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング