ら?」何でもなさそうな様子で私はたずねた。「そうやなあ、いつきいても悲しい事やけど――前へ久しい時にきいた方がいいと思うワ、思うだけの事が出来るから……」こんな事をお妙ちゃんは深い考えもなくって答えて呉れた。私は私がどうにも斯うにもならない様な重い曇った気持をわざとかくす様に押し出す様な笑い方をして見たりわざと下らないじょうだんをしたりして家に帰る時には涙をこぼして居た。まるで見もしらない舞姫なんかとどうしてこんな涙の出るほど別れるのがいやになったんだろう、どうして仲がよくなったんだろう、そんな事を考えながら私はポロポロと涙をこぼして居た。翌朝私は目を覚すとすぐ行こうかとも思ったけれ共どうしてもその気になれないのでお互に気のせかせかして居る時の方が却って好いと思ったんでわざと三時すぎにお妙ちゃんの家に行った。丁度御化粧のおしまいになったばっかりの時であった。私とお妙ちゃんとはだまって座って居る、そして二人とも涙をこぼして居る。お妙ちゃんも一言も云わず私もだまって居る。
「でもマア、悲しいけどよう教えて御呉れやはった」
お妙ちゃんは消えそうな声でこんな事を云って居た。私は私が自分のはれものにさわるよりなおおそろしくその結果の思いやられて居た割にお妙ちゃんがはっきりして居て呉れたと云う事は幾分かあてがはずれた様な気もするけれ共思ってることをこらえて見るんだろうと思うとあからさまに表わされたよりはるかに私の心には深く鋭く感じて居た。その日お妙ちゃんはただ「忘れないで呉れ、忘れないで呉れ」とくり返して居た。そして出がかかるまで何にもしないで二人で手を握りあって居た。
その翌日もその翌日も、私はお妙ちゃんのところへ行った。
私達は前の様にしゃべったりふざけたりはしずだまって手を握り合ってもたれあってそして時々互に涙をこぼしたりつかれた様なほほ笑みをかわしたりして居た。そうして人間の力でどうする事も出来ない時は私達の別れる時を段々迫らして来た。そして私達がそれを思って身ぶるいをして居る九月の九日になってしまった。朝起きぬけから二人は一緒に居た。そうして長い間話しもしず御飯もたべず只御互の手をなでて見たりしっとりとうるんだ瞳を見つめあって居たり頬ずりをして見たりそうして夜になってしまった。私達は十一時半の列車でたつ事になって居た。そしてその晩はお妙ちゃんは都踊りに出る日だっ
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