まれた足がせまい階子を下りて来る、あやぶげな様を思って「若しおっこったら!」こんな下らない心配におそわれて居た。ぽっくりの音をすぐそばでさせて、
「ようまってて御呉れやはった、わてキッともう御帰りやはったろうって云っとったやに――」
お妙ちゃんはこんな事を云いながら石っころの多いところを高い下駄に長い着物を着て居ながら器用に歩いて居た。「今夜のよな時、いつまでもいつまでもおきて話して見たい様だ事」一人ごとともつかずにこんな事を云ったけれども御妙ちゃんは何とも云わないで白い足と手とかおだけ闇の中にホンノリとうき出さしてうつむき勝にあるいて居た。私は自分の家を通り越して御妙ちゃんを送りこんでから家にかえった――。こんな様なまるで恋中の様な日は毎日毎日つづいた。そして千羽鶴をおって糸を通す針で小指をついたんで母はんに紅絹《もみ》でつつんでもらったら友達が私に小指をきったんだろうって云われたなんかって云う事があった。一日一日と立つごとに私とお妙ちゃん雛勇はんとは段々仲がよくなるばっかりであった。お妙ちゃんの家に行きはじめてから二十日ほど立った日私はおひるをたべるとすぐいつもの格子の外にたった。いつも一番さきに通るあの眉の青い女房のところから何か云ってきかせて居る様な声がひびいて居る。「どうしたのかしら」私はきき耳をたてて居るとしばらくして云ったもう一つの声がどうしてもお妙ちゃんらしい。何と云うわけもなくただおびやかされた様な気になって私は身ぶるいをした、そして、あけようとしたのをそのまんまぬき足に一間位あるいてあとは一散走りに走って内にかけ込んでホーッと息をついて白い眼をして後をふりっかえった。その日一の[#「の」に「ママ」の注記]わだかまりのある情ない一寸の事でもすぐ涙をこぼしそうな日だった。翌日私はこらえきれなくなって早すぎると思いながらも出かけた。お妙ちゃんはもう起きて居た、手まねぎをするのでそのまんまいつもの二階に上った。どことなくいつもと変って陰気が目に見えて居る様な気をして私のかおを見るとだまったまんま、細いしなやかな首を私の肩にがっくりともたせかけてしまった。「どうして? 何かかなしい事があるの? 私にどうか出来る事ならするけど――」せまい額を見ながら斯う云った。「エエ、そんなに悲しい事でもないのやけどマア、こうなのや、きいてナ。□□[#「□□」に「(二字不
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